ヨユメ様のお導き 2014年11月26日 @ AWH
(参加者:シャマナ、アナハラセ、タイマ、ワランベ、お客人:YMさん、トコロ)
ヨユメ: 皆様、ごきげんよう。
皆様: ごきげんよう。
ヨユメ: タイマもワランベも、そしてお客人も来られておりますので、お導きがいささか長くなるかもしれません。それとね、シャマナの体の調子があまり良くないようですので、特に背中が。何か後ろに支えになるようなものを、あてがってやってはいただけませんか。そして首を後ろに反るように
(アナハラセがクッションをシャマナの背中上部、椅子の背もたれとの間に当たるように置く)
ですね。安定しておりますか?
アナハラセ: どうでしょうか?
ヨユメ: 大丈夫ですかね。あ、それと今日は最初にお水を少し飲ませておいてください。
(シャマナはアナハラセから渡されたコップの水をごくごく飲む)
それではお導きにはいりましょうかね。
まずは此度、ボランティアと言うのですか、タイマ、ワランベ、そしてお客人もね、有難いことですよね。どうも有難うございます。
アナハラセ、トコロ: 有難うございます。
ヨユメ: それでは、私からお尋ねしたいのですが、ボランティアー奉仕−とは何なのでしょう?何方か?
ワランベ: 見返りを期待せずに、人の為につくすこと。
ヨユメ: それは無償、もしくは無料奉仕、見返りを、
ワランベ: 求めない。
ヨユメ: 求めない、ということは無料、あるいは無償の奉仕ということ。私が、それも奉仕の一つということでございます。しかし、奉仕というのはご奉公ではなく、ご奉公という言葉はご存知ですね、奉公、その言葉に対して、違った意味で奉仕、仕え奉ると書きますね。その奉仕という言葉、奉公ではなく、奉仕という言葉、本来はもともと神への奉仕だったのです。しかしそれではなく、もっと広く使われるようになった、その意味を聞いているのですが、奉仕という意味の、奉仕の原点と言いましょうか、それをご存知の方、ご存知というより、何だと思いますか?何でもいいのです。ご自由に仰ってくださいな。
トコロ: 昔、奉仕というのは、宗教だというふうに習いましたが。
ヨユメ: そ、もともとは神に仕えることでしたね。そうです。神への奉仕からその様にお仕えすることを人間同士の間でも使うようになったわけですね。そして奉仕という事の意味ですよ。そこから来た、そこまではよろしいのですよ、トコロ、そこからあとはどうでしょうか?そこで終わりですか?
トコロ: (沈黙)
ヨユメ: ま、時間の猶予もあまりありませんから、お答えを出しますとね、奉仕というのは、自ずからすすんで、苦、苦、苦労の苦ですね、「苦を自ら進んで受けること」なのです。その苦というのは必ずしも苦痛だとか、そういうものじゃなく、人様が困っておられる、あるいはそういう中にわざわざ自分の身を置くことを奉仕というのです。そしてそれは、かつて懺悔という言葉と共に霊性を高めることの一つとして、修行の一部として、皆様励まれたことなのです。そういうふうに奉仕というのは元々、そういうところからきているのです。
それでね、今はその奉仕という言葉も、「ボランティア」という言葉に置き換えられて使われておりますね。ボランティアというものは、外国では昔からあったのですが、日本では本当に最近のことなのです。いつ頃からだと思われます、どれぐらい最近の事だと思われますか?
ワランベ: 戦争の後ですか?
ヨユメ: うんとうんと後です。うんと後です。
ワランベ: うんと後。
ヨユメ: はい。徒に時間を取らずに、先生にもっと早く説明してもらいましょうかね?(笑いながら)尋ねるのは良いから、早く説明しろということなのでしょうか。(先生に向かって)失礼いたしました。
お話−先生のお話−によりますと、ちょっとお待ちください、1989年にね、カリフォルニアで大きな地震があったそうですね。Loma Prieta、えーと、サンフランシスコの近くだそうですが、大地震があったそうでございます。その時にね、日本の大学でその講演会がございまして、こういう地震があって、世界各国からボランティアが来ている、そこで呼びかけがあって、大学生の間から広がったのでございます。それまで日本にはボランティアという言葉も、そういうことをする活動すらも広まっていなかった。どうしてかというと、「日本人はそんなことはしない、不親切だ!」というわけではないのです。日本には昔から五人組だとか、町内組だとか、お隣組だとか、色々な知縁、血縁などの結束があって、相互扶助というシステムが確立されておりましたでしょう。それ故に、そういうものが必要なかったのですよ。大家族、何々家、そうしますと、そこの誰か家族が両親を亡くしますと、そこの子供の教育までも皆で面倒みあうとか、そういうシステムがあったそうですね。それ故に必要なかった。
したがって、その奉仕、ボランティアはとても馴染みのないもので、新しいもの。それ故に今、皆様が日本で行われているボランティア−奉仕−というのは、およそ本来のボランティア−奉仕−からは程遠いものなのです。もっと言いますと、本当の意味で、奉仕されているのは皆無だそうです。何か大きな災害があった、「それ行け!」馳せ参じるそうですが、その殆どが行って感謝されたり、感謝されて喜んでもらいたい、という気持ちは分かりますが、感謝されるということを楽しみに、自分癒しなのですよ。そういうのをボランティアと。そしてまして大きな災害があった時に、直後に乗り込んで行くなどというのはとんでもないことなのです。直後に必要なのは、政府自治体とか、専門家なのです。専門家の奉仕は喜んで。一般の人が行って何になるのですか。まず、これこれはこういうふうに、こういうのはどういうふうに助けてもらいたい、こういうことをするのには、人手が足りないという事が決まってから役に立つのが、そういうボランティアですね。それも分からないで乗り込んで行く、そういうボランティア。まして、あ、日本で大きな地震がありましたでしょう、阪神大震災ですね。その時に、ボランティアが随分な数が馳せ参じたそうです。その時に簡易トイレ、何もない状態でボランティアが来る、そうすると住む所もない状況で災害にあわれた方の使用すべきものが、ボランティアによって消費されるのです、夥しい数の。そして僅かながら開いている近くのコンビニも、ボランティアの人がもう買ってしまって、もう現地の人は
ワランベ: 品物がなくなって
ヨユメ: 品物が無くなって、そういう状況は語られていないのです。そして、またね、報道関係もボランティアの人が来て、そういうものを映し出さない。人がそういうものを見たいわけです。本当のところを映さなければいけないのです。事実を報せるのが下手ですからね、報道関係は。そういうことで、ボランティアが間違っている。そして、あの時に現地の人は随分困って、そういうことを嘆かれた方も沢山いらっしゃるのですよ。皆が皆、そうではないでしょうけど。殆どがそうだと仰っています。それでですね、その後、東北で大地震、大津波がございましたね。その時のボランティアは、阪神の大震災の時と比べて被害は大きかったですが、ボランティアが必要だと呼びかけた時に参加したボランティアは、阪神の大震災の時に比べてどうだったと思いますか?大方、
アナハラセ: 少ないんじゃないですか?
ヨユメ: どう思われます?
ワランベ: 放射能の多い所には行かない。
ヨユメ: そこなんですよ。放射能。うんとボランティアが減ったというのは、放射能の影響を受けたくないから。それは無理からぬこと、無理からぬことではありますが、本来の奉仕というのは苦を覚悟して、それを喜んでとまでは、喜んでという段階になるまでにはかなりの修行がいりますね。でなくても苦の中にわが身を投じることが出来る。それを奉仕というのですよ。だからその程度の差こそあれ、大変なこと、そこを如何にして我が身を投じることが出来るのか、その犠牲をはらうことが出来るのか、それを出来ることが奉仕の精神と言うそうでございますよ。
これはね、先生が来ておられて、奉仕に来てくださっている方に、お話したいと申されましたのでね、一応お伝え致します。
それでまた違った先生なのですが、奉仕に関してね、それとこれは皆様にも関係がございます。飛躍の年になりますよと言ったときに、ロータリーの話を致しましたね。
アナハラセ:はい。
ヨユメ: そこで今日は、少しロータリーの話を先生はしたいと。15:33
ロータリーと言いますと、どういう団体と、ま、皆様はメンバーでいらっしゃるからですが。
タイマ: 奉仕団体
ワランベ: 慈善事業団体。
ヨユメ: と、出てきますね。それが間違いなのです。ロータリー、どうして私どもが、皆様が身を投じても良い団体、他にもいっぱいあるではないですか、なのに私どもがロータリーを選んだ理由というのには、ロータリーは決して単なる慈善事業団体でも奉仕団体でもないのです。一線を画しております。全く別個のものなのです。それを少しね、皆様が正しく理解される必要があるかな?と。今、現在、その様に意識されて運営されているかどうか、本部ではそうあっても行き届いてない面もございますが、正しく理解していただくために16:51
ロータリーというのはね、トコロ、
トコロ: はい。
ヨユメ: 倫理運動なのですよ。倫理の運動を実践するために作られたのです。そしてね、倫理運動、これはまた倫理を説明しますと長くなりますから、トコロ、またいつの日かね、皆様に倫理のご本、
トコロ: はい。
ヨユメ: 冒頭に書いてあるそうです。それを読んでいただければ、ま、倫理は別として。そして倫理というのは人間関係、この三次元、三次元世界で人間が平和に幸せに暮らしていくための説を説いたのが倫理ですね、総合扶助。それによって、皆が幸せに、争わず、仲良く生きていくという教え。平ったく言えば、それがまあ倫理ですね、トコロ。それが、私どもが皆様に今、実践して頂きたいという事は、倫理を超えたもう一つ、人間世界だけではない、それを超えた真理の実践ですね。真理の普及ですね。ロータリーは倫理の実践、倫理の普及を目指しているのです。で、三次元世界ではそれでいいのです。でも皆様は、それを踏まえて三次元世界で総合扶助をし、そこで止ってほしくはない。見えない世界、そしてまた人間以外の環境問題、ありとあらゆるものの共生共存、相互扶助というものを学んで、そしてそれを−その考えを−普及し、皆様自身、実践していく、真理の普及ですね。あちらは倫理の普及です、そういう意味で。
それとロータリーというのは、ロータリーがなぜ他の慈善団体、社会福祉事業団体と一線を画しているのかというと、その倫理の実践以外に根本的な、ロータリーがロータリーである所以は、奉仕は第一です。奉仕は大切ですが、その奉仕たるものが、ロータリーの場合は職業奉仕と言います。これはまだ本部で、その思想は守られております。職業思想(言葉どおり、職業奉仕では?)というと、どういうことなのか。それはですね、皆さんお仕事をお持ちです。あるいは事業をなさっていますね。職業、事業。職業をと言うと皆、ご自分のため、あるいは家族を養うため、従業員を養うため、お金を儲ける、お金を頂く、お金を儲けるという事が、目的になっております、職業、及び事業はね。そして奉仕と言うと、言い換えますと、お金を儲ける、家族を養う、従業員を養う、自分を養う、自分のため、言い換えれば職業、事業は自分のため。そして奉仕は人のため。全く相反する二つの事ですよね。その二つを一緒にしたのがロータリーなのです。でなければ、奉仕出来るのは、もう子供も養う必要がない、あるいはもうたくさんたくさんお金があって、働く必要もない人しか、人の面倒をみられないのか、人様の為に尽くせないのか、それはおかしいぞという事で、ロータリーは人に尽くすのを目的として、職業、職業を励む、あるいは事業を営むべしという、そういう哲学のようなものをつくったのです。21:45それをロータリーの実践哲学、ロータリーの精神としたのです。そして職業を持った人たちが、お互いに相互扶助によって事業、職業でも助け合ったのです。そうすれば、ロータリーのメンバーから紹介された人は間違いない、安心してお商売が出来るよ、そういうふうな形で助け合って、そして自分の得意分野で、社会奉仕もしていく。そういう意味でね、ロータリーというのは、他の慈善団体、社会福祉事業団体とは一線を画するものなのです。他の慈善事業は、お金を寄付すればいい、恵んであげればいい、只、奉仕をすればいい、なのですが、それではない、ということを正しく理解しておかれればよろしいです。だからと言って今、皆様、事業を始めろとか、職業につけというこではないですが、そういうものであった。だから正しくロータリーの思想、哲学を理解すれば、皆様が真理を広めていく、倫理を広めていく、次元の違いこそあれ、同じように難しいんですよ、人様に理解していただいて広めるという事の難しさ、もう感じておられるでしょう?
アナハラセ: はい。
ヨユメ: 倫理、そのロータリーの哲学さえも実践、中々難しいのです。ましてや真理の実践は、なお難しいと。それで皆様は二重に苦しんでいらっしゃる。申しましたでしょう、簡単ではございません、年々、年々、難しくなってきます。もう真理の勉強だけでも大変なのに、今更倫理の普及などロータリーの活動など(笑いながら)骨折り損のくたびれ儲けがまた増えましたよね。お分かりになりましたか?
アナハラセ: はい。
ヨユメ: そして奉仕という事を正しく理解していただければ、そういうことになるのですよ。でもこの奉仕という事で、先生がいらっしゃる間に何か質問がございますか?
皆さん: (沈黙)
ヨユメ: タイマ、おとなしいですね。寝ているのですか?
タイマ: いえ、ちょっと眠たいですけど大丈夫です。聴いています。
ヨユメ: ないですか? 質問はございませんか?
皆さん: (沈黙)
ヨユメ: それではシャマナにお水を。(お水を飲まれる)
25:35 それでは何か質問がございますか?先ほどの奉仕はもうよろしいですね。それ以外で何か質問はございますか?
アナハラセ: 質問というか、苦に身を置くと仰いましたよね。
ヨユメ: はい。
アナハラセ: これはやっぱり何の為にというか、目的みたいな
ヨユメ: それは先ほどの先生がいらっしゃらなくなりましたので、私の、いえ、それは奉仕という意味でなく、苦に身を置くということの意味は、私がお教えできます。
アナハラセ: はい。
ヨユメ: 苦に身を置くということは、何の目的、何のためか、それが質問ですか?
アナハラセ: そうです。
ヨユメ: お答えがないのですか?聞いておられるということは、お答えをお持ちでないのですね、アナハラセ。
アナハラセ: うーん、奉仕の意味という事でしたよね。
ヨユメ: そうです。苦ということを苦行とか、そういうふうにとってはいけませんよ。苦というのは困難を含めて容易で、何と申しますか、平坦な道を歩くのではなく、砂利道を歩くほう、前から私が申していることです。どちらかの道を行くならば、ですから苦の道をとるということは、皆様もうご存じなのです。
アナハラセ、トコロ: はい。
ヨユメ: ここにこうして来たこと、即ち奉仕じゃないですか。その苦という言葉を上手に理解、うまく正しく理解しないと、その宗教、もともとが宗教的なものでしたから、その修行における苦行とか、そういうものですが。以前から申しておりますよね。どちらか選択しなければならないとき、こちらはいとも簡単で、こちらは大変だという時は、必ず大変な方を選べ、即ち苦に身を置くことですよね。それが皆様の精神性を高め、霊性を高め、落とし穴は便利で簡単でお得で、そういう所に落とし穴があるのです。大方の方がこれをやる、お安いからお得なのですよ、これは便利だからと言って選んでしまうのが落とし穴です。その逆さまなのですよ。
今日もね、シャマナと共にトコロ、言っていましたよね、毒りんごの話、
トコロ: はい。
ヨユメ: で、イ
トコロ: インターネット
ヨユメ: が繋がらない、でも毒りんごならさっと繋がると。
トコロ: はい。
ヨユメ: ね、シャマナもね、そう言って(笑いながら)「これがないとやっぱり困るなぁ」と言っていたのですよ。それで序でに毒りんごの話にちょっと逸れますがね、そこがちゃんと仕組まれているのです。29:24便利さ、勝てないじゃないですか。あれだけ私が言っても、やっぱりシャマナも、ね、トコロも「あぁ、こうなるとやっぱり毒りんごが良いなぁ」になってきますよね、誘惑ですね。多大なる誘惑です。それで多くの人の心を掴んで、段々段々その力は強くなって来ているのですよ。全く便利なもの、しかし、他のものが及ばないところに、ちゃんとそういう仕掛けがありましてね、何れは毒りんごが力をもって、今もそうですね。それでワランベのように、毒りんごが良くないよと言うと、あのマークを隠せば良い、
皆さん: (くすくす笑う)
ヨユメ: マークを隠せば良いんですか?波動の問題、もうあのマークは、どうしてあのマークが考えられたかお話しましたよね?ルシファのお話、アメリカのお札の話から、もう全部仕組まれているのです。そして今、この国に行ってごらんなさい。この国の毒りんごの機械に関係ないものまで毒りんごなのです、マークが。あのマークの波動が、他の物まで。もうあちらの思う壺なのですよ。それほどに大事に大事に、肌身離さずね、ご自分で忘れてきたことも忘れて毒りんごでしょう。手放しなさい。
皆さん: (くすくす笑う)
ヨユメ: あの便利さに手放せなくなる。そして毒りんごに囲まれてね、上がる波動も上がらないでね、こんなことをしている、毎日。(ヨユメ様がされた動作、どなたか覚えていらっしゃいますか?)こうしているのを何か知っています?私どもでは言うんですけど、上がらないで同じ段階でウロウロするのをこうすると。笑い事じゃないんですよ。毒りんごだけじゃないですけれど。でも本当に信じられないでしょうが影響力はあるのです。トコロがね、とみに急激に波動が上がったと感じられませんか、ある時点で?
アナハラセ: はい。
ヨユメ: 感じましたでしょう。
アナハラセ: はい。
ヨユメ: トコロ、毒りんご、手放しましたね、スパッと。
トコロ: はい。
ヨユメ: 大いに影響があるのですよ。大きなあの毒りんごと、小さな、今もあの小さな毒りんご、シャマナも使っていますよね。向かっている時間が違いますしね。でもあれも本当に良くないんですよ。でも今、この時代に、何もかも使うなというのは難しいですが、出来るだけその毒りんごとは縁を切るようにしなければいけません。あのマークもようく考えられて作られたもので、お話しましたでしょ?
アナハラセ: アダムとイヴの
ヨユメ: そう。失楽園、あそこから来るのですよ。もうその時からマークはプランされていたのですよ、人心を操るために。そしてあの毒りんごのマークで人々の心をコントロールしているのです。簡単にコントロールされてしまう人がいるでしょう?そして中毒になる。あなたは中毒の一人ですよ。
ワランベ: 脱しようと努力しています。
ヨユメ: いえ、脱するかしないかは、しようとしていますじゃない。脱するか、脱しないかです。そういうことなのです。それで毒りんご、ちょっとお待ちください。
33:53 あ、先生がお見えになりました。お見えになりましてね、毒りんごはもう前に何度も言っているからもう良いでしょうと。
皆さん: (笑い)
ヨユメ: それよりアナハラセが、アナハラセが質問する、アナハラセに対する答え、ちょっとお待ちください。
アナハラセ: 聞こうとしている
ヨユメ: 何ですか?
アナハラセ: あ、ごめんなさい。聞こうとしている意味はですね、苦に身を置くということは、やっぱりその奉仕をするうえで、この人の為にしたいときに苦が伴う、それを苦にせず身を置くということだと思うのですが、しなくてもいいところに苦に置くという事は、取り越し苦労と言うか、
ヨユメ: いえ、それは違います。奉仕と人様の為に喜んですることとは違いますの。奉仕というのは、一つやらなければというものがある、仕えるという、そしてふつう皆様の日々の愛の実践のなかにそれがあっては困るのです。
トコロ: 義務感になっちゃう。
ヨユメ: お分かりになりますか、言おうとしていることが?分かりますかね?日々、皆様は真理、これは真理ですね。真理の実践として人様に喜んでいただけるために、それをすることを喜びとして、負担に感じずにやる。で、喜んでいただけるかな、あ、これ、大変なのではないかな、助けてあげたいな、愛の心から出る行為、それは、奉仕もそうなんですよ。しかし、それ以外にもうみすみす行かなければ、そんな所に身を置く必要もない、自ら率先してその場に身を置くわけですよ。日々ある愛の行為、出会う人すべてが対象ですね。で、選択の余地は、ある意味でないのです。出会った全ての人に、愛の心をもって行う。それは奉仕とは言わない。奉仕というのは、わざわざ出かけて、しなくても良いんだけど、そこに敢えて身を置いて、それは一つのね、鍛練なのです。皆様がいろんな訓練をしますでしょう。肉体的なもので言えば、より強くするために重いものを持ち上げて運動しますね、強くするために
アナハラセ: そこを言いたいのですが、例えば針の山の上に寝ると、苦に身を置くという、それは全く動機というか、目的が、意味が無いと言うか、何の役にも立たない
ヨユメ: その針の山、それさえもね、今の皆様にしたら意味が無いのですが、行を積み重ねてきてあるレベルに達した人が、最終的に先生からそれをということには意味があるのです。
アナハラセ: そうなのですか。
ヨユメ: あります。
アナハラセ: ただ、やみくもに何か重いものを持ってみたりとか
ヨユメ: それはそのレベルでやっていない人がやれば、そう見えるのです。そしてまた、その様な行に耐えてやっている人は、まず知らせませんね。正しい先生が付いている場合は、行というのは、今この方は、どの様な行をしているか、どの様な先生にどの様なことを教えられてやっているのか、ということは外部には本当は知らせてはならないはずです。その人の霊性を高める、インドのヨガ行者の話をしましたね。
アナハラセ: はい。
ヨユメ: あれは覚醒、解脱のために、とことんまで、ここまで解脱した。そして次の段階という事になって、段々厳しい鍛練を積むうちに付いてきた超能力、能力というもの、それ、付けることが目的ではなかったですよね。その行を積んでいくうちに、そういうふうになった。しかし、その超能力の方が脚光を浴びて「あ、ヨガ行者のような、それをすれば超能力が付けられる」という馬鹿な話に、本末転倒になったわけです。それと同じように、今、皆様の目から見たら針の上に寝る、もっとほかの火の上を歩く、何をするんだ?という事です。一応、一般にそれで良いのです。しかし、皆様は違う高さにまで来られたとき、同じことをする時がくるやもしれません。
アナハラセ: その場合は、奉仕という事になるのですか?
ヨユメ: いえ、違います。それは鍛練です、霊性を高めるための鍛練です。奉仕ではありません。というのは、それをすることによって他の方が助かるわけではないですから。
アナハラセ: 直接的にはそうですが、自分の霊性を高めて、それで出来ることというのが奉仕ということ
ヨユメ: 人様を助ける、誰かの役に立つための犠牲、犠牲で、それは苦を伴う事というのが奉仕なのです。明日、アナハラセがね、バケツの水を何杯
アナハラセ: そうです、それを言っているのです。
ヨユメ: てもね、皆さん助かりませんよね。
アナハラセ: その目的が、というのが質問だったのです。
ヨユメ: それでは奉仕と、苦というものが分かりましたね?
アナハラセ: はい、分かりました。
ヨユメ: それでは、先生がアナハラセは質問はそれだけなのかと聞いております。
アナハラセ: それだけ、ふむ。そうですね、何か目的が...
ヨユメ: (笑いながら)先生がね、アナハラセは忘れてしまっている、アナハラセが質問するように、と言っておいて、先生が控えて待って、答えを教えてあげようと言うのに、質問を忘れていると言っているのですが、トコロは覚えていますか?今度、質問をするように、アナハラセが質問をするようになっていたそうですよ。
アナハラセ: 今ですか?え、何でしたか?
ヨユメ: 先生がわざわざ来てくださっています。あなたの質問の答えの為に。何のことでしょうか、聞いてみましょうか?
アナハラセ: 自分で忘れてます?
ヨユメ: それで笑っておられる。
アナハラセ: そうですか。
ヨユメ: 笑っておられますね。ホッホホホホホホ、どうですか?いえ、でもアナハラセは、よく忘れるそうですね。
アナハラセ: そうです。
ヨユメ: 自慢していては困りますね。
ワランベ: 何に関してですか?
ヨユメ: 菊芋だそうです。
アナハラセ: あっ、ああ、そちらの話ですね。はい、はい。菊芋の話です。
ヨユメ: じゃあ先生に来ていただきますか。菊芋ね。
アナハラセ: はい、お願いします。
ヨユメ: あの、菊芋というのはね、勿論、キク科の、ひまわり属の植物で、かなり高い、数メートルにもなるキク科の多年草で、とても丈夫な、原産地は、アメリカの北部から東北部が原産地で、アメリカの原住民の大切な食糧だったそうでございます。でも私どもがね、いた時代には、あの土地には当時、馴染みのないものだったそうです。我々はトウモロコシだとか、樫の実とかそういうものを食べていましたよね。ですが、多くの原住民が食べていたものだそうです。
それでですね、ちょっとお待ちください。菊芋と申しますが、芋と言えども根っこの部分ですね、芋と言っても、でんぷん質は無いそうです。そして、その菊芋でアナハラセは葉っぱを、花を菊茶でお茶にして、と言ってますが、あの葉っぱは付属だそうです。花、葉っぱは付属で、大切なのは、一番大切なのは、根っこの芋。掘りますとね、いくつも根っこに芋があって、それは何かごつごつとした、つるっとした形ではなく、ごつごつとした生姜のような形ですが、その芋こそが大切だそうですよ。
アナハラセ: 何か花びらがというお話が以前...
ヨユメ: 花びらは菊茶、菊茶になるわけです。キク科茶というんですか。その成分として勿論よろしいのですよ。でも、菊芋の一番大切な部分は、芋の部分なのです。その菊芋の芋、芋の部分はですね、あの糖尿病の特効薬であって、自然のインシュリンだと、天然のインシュリンとも言われています。そしてその有効性はですね、今ある製薬会社が出す糖尿病の薬に負けない効能があるそうです。そしてその菊芋の効能というか、それの理由はですね、成分、菊芋には、まず、菊芋には先生が仰るには、ちょっとお待ちください、菊芋には多くの種類のビタミン、それから多種類の酵素、それから、色々なミネラルが含まれているそうです。そしてそのミネラルの中でもね、菊芋にはセレン(Se, selenium)というのが含まれているそうです。それが菊芋の特徴なのです。そしてそのセレンと申しますと、活性酸素を除去する強力な
アナハラセ: antioxidant
ヨユメ: そうですからね、トコロ、しみだとかね、老化現象には朗報だそうです。
皆さん: (笑い)
ヨユメ: シャマナにも教えてあげなさい。
皆さん: (笑い)
ヨユメ: そういうセレンが、とても豊富だと。ミネラルも色々ある中で、セレンがとっても多く、そのミネラルのセレンがとっても多く含まれている。そして酵素もいろいろある。そしてビタミンも各種ある。これはもう時間がかかりますから、皆様、後でお調べになればお分かりになるでしょう。(参照:キクイモ研究会)それで、先生に大事なところだけを、さわりの部分だけを話していただきましょうね。それでその、あっ、先生が糖尿病の特効薬と仰っていましたね。その特効薬、それはどうしてかと、申しますと、菊芋の成分のイヌリン、イヌリンというのは、難消化性、消化しにくい、消化性の果糖が30個ほど繋がった、難消化性の多糖類でございます。そしてそれが故に、他の芋と比べますと、カロリーは1/4から多くて1/3だそうです。それ故に、血糖値の降下剤として、あるいは血液をよくしたり、そういう所謂糖尿病の症状には大変効果があるそうです。
そしてね、その根っこはごつごつしているから、皮はむきにくいでしょうが、薄く切って水にさらして、油などで揚げてお塩をまけばね、トコロ、ビールのおつまみにもよろしいそうですよ。
皆さん: (笑い)
トコロ: 有難うございます。
ヨユメ: と、先生が仰っています。
トコロ: 頑張ってつくります。
アナハラセ: 最高だね、それは。
ヨユメ: お芋料理として、煮ても良し、蒸かしても良し、さらせば生でも食べられる。本当に良いもので、食用として使わない手はない。とても健康なものだそうです。
ワランベ: 育てやすいのですか?
ヨユメ: もう雑草のようなものなのです。
ワランベ: 結構、肥えた土地でなくても
ヨユメ: 勿論。
ワランベ: このフィリピンの
ヨユメ: いっぱい植わっていますよね。それで、あ、先生がね、種をもってきて植えるのではないよと。種でも植えようと思いましたか?
ワランベ: いいえ、お芋を
ヨユメ: そうですよね、芋を植えるわけです。それで、とっても丈夫で多年草です。それにね、植えて根っこ、そして食べるのは、もうすべてが食用になります。お花は花びらを、それから葉っぱはね、葉っぱは茹でても使えますし、まるでホウレン草をお料理にするように、ありとあらゆるものに使えるそうです。お浸しにしても良し、油炒めでも良し、煮ても良し、という事で、応用範囲が広くて、そして、黄色い花びらと一緒に茹でて供すと綺麗ですよね、と先生が仰っています。どんどん召し上がれば、健康、糖尿病、お芋も召し上がれば、肥満、糖尿の心配はないと仰っています。それでお花ね、菊茶もですが、あのお花、切って生け花にしてもよろしいんですよ。きれいですしね、ひまわりのように。きれいですし、とても波動の高いお花だそうです。と申しますのは、その花のもつ、皆様の言葉で言えば、花言葉と言うんですか、皆様が現代で言っている花言葉とは違うのですが、花言葉がね、「陰徳」、陰の徳、もしくは「美徳」という花言葉になっているそうです。
ワランベ: 菊の花のお茶の話が出たんですよ。それは眩暈に有効なのでしょうか?
ヨユメ: 眩暈に?菊茶自身がいろんな効能がありますでしょ。眩暈にはそれはちょっと違う菊ですね。
ワランベ: 全然違うと。
ヨユメ: あ、あなたはシャマナの?
ワランベ: はい。
ヨユメ: 菊茶など、それから唐辛子の話のことですか。その菊茶ではないんです。もうちょっと小さな菊がありますね。その方が成分は、勿論悪いものではないですよ。しかし、これはひまわり属に入りますの。同じキク科でも、ひまわり属になりますのでね。少し違いますね。しかし、その花びらも葉っぱも美味しくいただけるそうです。
アナハラセ: 英語名は何と言うか分かりますか?53:47
ヨユメ: 少々お待ちください。先生が、もう一人の先生に聞いてくると、ちょっとお待ちくださいね。Jerusalem Artichokeと仰っています。だそうです。
アナハラセ: あ、そうですか、有難うございます。
ヨユメ: ここでね、ここでちょっとシャマナに休憩を与えましょう。という事はですね、座ってはいられると思うのですよ。それで、せっかく皆様お揃いになったのですから、何か皆様が日ごろ学んでいらっしゃること、座談会的に話して、あるいは話し合ってみられたらどうでしょう?何か議題が必要ですか?私が一方的にお導きをするのではなく、あるいは私の答えではなく、聞いてはおりますから、皆様が日ごろ、例えば瞑想の仕方でこうこうで悩んでいるとか、あるいはこうこうこうして精進をしているなかで、ここがもう一歩わからないとか、これはどうなんでしょう、皆さんはどうしていらっしゃいますか、何でも良いのですよ。そういうことで話し合ったり、質問を出されたりというのはいかがでしょう。そしてシャマナがもうそろそろという時にはお知らせ致しますから、その様に皆様同士で話し合われてはいかがですか?
アナハラセ: そうですね。
ヨユメ: タイマ、何かありませんか?ワランベも、皆様、この機会ですから、いつも皆様と離れているでしょう?日々話して
ワランベ: 何でもよろしいのでしょうか?
ヨユメ: 皆さんで、私にじゃないですよ。質問は、皆様同士でなさってください。お客人も遠慮なく何でも
ワランベ: (お客人に)せっかく来たのだから
ヨユメ: (お客人に)驚かれましたか?
お客人: はい、ちょっと。
ヨユメ: (笑いながら)何か咀嚼できないで、苦しんでいらっしゃるような感じです。何が起こっているのかな?というところですか?
お客人: はい、びっくりしています。
ヨユメ: そうですか、こういう世界があるのですよ。
57:10 (これより座談会)
ワランベ: 質問、よろしいですか、皆様に。瞑想していて、私は集中力が欠いて、あまり長く続かないことがあるのですが、皆様はどうされているのでしょうか?
アナハラセ: やっぱり雑念が入ってきますよね、その時は無理に押しのけないで、何て言うのですか、心を見つめたり、なんでこれが入ってきたりとか、こう一歩、霊になったつもりで自分の心をみつめるとか
ワランベ: 客観的にその雑念に対する
アナハラセ: そう。
ワランベ: 考察するような感じでしょうか?
アナハラセ: そう。そして見つめていると、自分でない自分というか、心から抜けた自分、魂的な、の視点で見ていると、心が動かなくなってくるみたいな
ワランベ: つい、別の事に手を出してみたりして動いてしまう。
アナハラセ: そう。それはしようがないですね、出てきますよね。
タイマ: 雑念が離れないときがある時は、Kさんからダウンロードしたみたいなヒーリングのミュージックを聴くと、ガーっと落ち着くことがありますね。
アナハラセ: それも一つの方法ですね。音楽に集中することによって、心がそこにしかいかなくなる。
トコロ: 私は、アナハラセみたいに難しいことはわからないのですけど、あの、とにかくシャマナの作ってくれたテープ、あればっかりを、私はいまだにあの通りにやっています。それでだからといって、雑念が全くないと言ったことはね、勿論あるんですよ。それでもあれに、あれを聴きながら、私はいつもやっています。それなりに自分が付け加えたいものとか、あの、ちょっと祈り的なものも入ってしまうのですけど。私はそういうふうにしていますね。
ワランベ: もう一つ、いいですか?トコロさんは、りんごマークのコンピューターを処分したとき、自覚的に何か変わったものがありましたか?
トコロ: うーん、中々売ろうとして売れなかったですね。実を言うといろいろありまして。だから、どういう事なのだろうかと思ったんですが、離れた時はこれでやっと離れられたという感じがしました。
ワランベ: 似たようなもので、今、流行っているグーグルだとか、別のメーカーがありますが、それは問題ないのでしょうか?
アナハラセ: あのね、私たちが聞いているお話では、似たような製品はあるのだけど、要は最初の意図がその毒りんごのほうは、人と人とのことを分断するという様な意図が込められていて、それ故に、そのりんごマークのは避けた方がよろしいと。
ワランベ: 分かりました。
アナハラセ: 逆に聞きますけど、瞑想の時はどういう感じでやっているんですか、朝とか、夜とか?
ワランベ: 朝はちょっと時間がないので
アナハラセ: 部屋の中とか
ワランベ: なるべく明るくして
アナハラセ: 明るくして
ワランベ: 私の場合は明るくしてアルファー波の音楽とか流しながら、あるいはヨガの音楽とか流しながら。最近、ピラミッドテントみたいな所に入ったりしているんですけど、中々。他の本を読んでいると、何時間もやられている人の話も出てきますけど、とてもとてもそんなのは続かない。
アナハラセ: この前、Tenkuさんが仰っていましたけど、時間ではないと。その深さ、一瞬でもね、その神と一体となれるような、感じになれば
ワランベ: 一体になるというのを意識して、短時間でできるようにとは思っているのですが。
アナハラセ: その間、眠る前ですか、それは?
ワランベ: そうですね、大体、眠る前。
アナハラセ: 眠くなってきますか?
ワランベ: 眠くはなってこない。むしろ本を読みながら瞑想をする、した方が心が落ち着く。
トコロ: 本を読みながら?
ワランベ: 高次元の先生の本を。
アナハラセ: 瞑想状態で読むと。
ワランベ: ちょっと雑念が起きた時に本を開いて
アナハラセ: それに集中する。
ワランベ: 良い言葉を聞くと気持ちが、意識が変わってくる。
トコロ: ふーん。
アナハラセ: あとは瞑想の時に、何ていうんですか、世界平和とガイアの癒しとか、自分以外の事に集中して考えを寄せるというのも
ワランベ: それはやっています。
アナハラセ: それでも雑念が入ります?
ワランベ: 長く続かない。
アナハラセ: その長くというのは、どれぐらい続けようと?
ワランベ: 30分は欲しいなと。
アナハラセ: 欲しい、そういうもんですかね。
ワランベ: だからこれでいいのかなと、ちょっと
アナハラセ: 例えば、5分でも集中出来たらそっちの方が良いんじゃないんですか。
ワランベ: それぐらいは出来る。
アナハラセ: それに、そんなに時間を割けないでしょう、忙しくて。
ワランベ: まぁ。
アナハラセ: 無理に長くする必要はないんじゃない?
トコロ: そうね。
アナハラセ: 集中する時間でやった方が良いです、最初は。で、結果的に長くなればそれでいいじゃないですか。
ワランベ: 分かりました。
アナハラセ: (お客人に)何かありますか?
お客人: 私はMさん(ワランベ)に、Y先生のCDを買わなくて申し訳ないのですが、コピーしてもらって
ワランベ: 何か眠くなると仰って
お客人: 最初は途中で寝ちゃっていたんですけど、最近は聴けるようになって。何かうまく瞑想、毎日しているわけじゃないですけど、うまく瞑想できない。聴いていても落着けないときはきっと心が何か乱れているのか、忙しくなっているのかと思ってそのバロメーターに使うようにして。集中できないときは、もうちょっと心を落ち着けるような生活をして行こうかなというような
アナハラセ: 十分落ち着いているように見えますけどね。
お客人: あのう、落着け、落着けと心の中で。落ち着かないと、私の場合はろくなことが起こらないので
アナハラセ: 要するにパニックになるという事ですか?
お客人: そうですね、それが分かっていて
アナハラセ: 心を落ち着かせるために、テープを聴いたり。
お客人: テープを聴いたり、はい。
アナハラセ: そうですね。
トコロ: Hさんは、タイマはよくね、瞑想をやっていらっしゃる
タイマ: そこらへん一つ、自分はこれで成功したな、これは良い瞑想だったなとは、あまり実感がないですね。とにかくやって、たまにはもう姿勢が崩れて、もう眠たい、寝てしまうような状態になる時がありますけど。ま、それを続けているだけですよね。あと、僕の質問は、電気をつけてやると言われましたが、よく言われるのですけど僕の場合は真っ暗でやりますけどね。つけてやるときもある、このくらい
トコロ: あの、ワランベはとくに
ワランベ: なるべく明るい所でと言われたんです。
トコロ: 言われているんですね。それで。
タイマ: ああ、なるほど。
ワランベ: 薄暗い所ではやってはいけませんと。
タイマ: うん、うん、よく聞くことはあるのですが。ただ、僕の場合は、あまり光があると集中もできないし、合わないのかな?一番すごく気持ち良いのは、外でやる時。パティオなんかで風をちょっと受けながら、何か雑念が入りずらいとか
トコロ: 私の場合はよく夜にやっていたんですね。そうしますと眠ってしまうんですよ。だから最近は朝日を浴びながら、お日様に向かってやっているんですね。で、中々できないのですが、10時まで寝なさいと言われているのですが
ワランベ: それも出来ない。
トコロ: それをなるべくするようにしているんですが、そうやってよく眠れた日は気持ちよく朝日を見ながら、曇りでもお日様?が上がっている方を見てやります。そうすると眠くはならなくなってきています。
アナハラセ: 結構、トコロの場合は集中できています?
トコロ: あー、それはその時によりますね。只、シャマナが作って下さったテープには集中して、アーこうだったな、こうだったなという感じで、全くその通りにやっています。
アナハラセ: 集中できないときに、何かコツというものがありますかね?
トコロ: やはりさっき仰ったように、音とかそういうのは良い方法だと思います。で、私はその時シャマナの語調だとか言い回しだとか、あれを思い出して、全て覚えていますから、それを思い出しながら、そこに入れるように。あまり集中しようとか、そういったことは考えていないですね。只、単に世界平和、それからまずは地球さんへの癒し、それをして、あと祈りたい人の顔を浮かべたりとか、そういった感じでやっています。
アナハラセ: 以前、何かねぇ、色んな瞑想があると、祈りもそうだし、高次元の先生と繋がるとか、
トコロ: 守護霊様
アナハラセ: 守護霊様と繋がる瞑想とか、いろいろな形があるんで
トコロ: 一番最後にはあのう、その場を与えてくれた守護霊様、そしてきっといろいろついてくださっている先生方、そして皆様へ有難うと言って終えるんですね。
アナハラセ: 夜の場合も一日の終わりで、今日も有難うございましたと、したほうが繋がりやすいというお導きはありましたね。 ところで、 こんな長々と話して大丈夫なのかな?
トコロ: でもその方がシャマナが休めるよね。
アナハラセ: あーそうだ。
トコロ: この際だからいろいろお話を、せっかくワランベとタイマは久しぶりお会いできたんだから
ワランベ: りんごマークを全部やめようかなと
トコロ: あ、えらい、えらい。
お客人: あ、アップルのことですか?
ワランベ: そう。
お客人: iPodとか?
トコロ: そうです、iPhoneだとか。
ワランベ: ソニーに替えようかな。
お客人: ソニーなら良いのですか?
アナハラセ: いや、そういう問題じゃ
ワランベ: 毒りんご以外ならオッケー
アナハラセ: とにかく毒りんごは避けた方がいい。
トコロ: 私はなるべく、コンピュータ自体から離れようとしたいのです。
ワランベ: あの、グーグルってもともとはアップルから分かれたみたいな、もともと同じ、一緒にやっていたんですよね。
アナハラセ: あ、そうなの?
ワランベ: それってどうなのかな。仲たがいしちゃったんだけど、もともとは一緒の仲間なんで、それでクロームブックとかどうなのかなと思ったんですが。でも創始者の意図が違えばいいのかなとか
お客人: コンピュータって、ちょっと質問あるんですけど、私は逆に何か使っている、と気持ちが悪くなってちゃう。気持ち悪くなったり、目の奥が痛くなったり
トコロ: 確かにね。
ワランベ: だから、スマホももっていないんですよ。
トコロ: Y先生(お客人)は持っていらっしゃらない?
ワランベ: (Y先生は)Kindleのタブレットです。
お客人: でもどっちにしろ、30分もやると気持ち悪くなってくる。で、逆に困っているんですけれど。
ワランベ: 電磁波を受けているから
お客人: もうちょっと影響を受けない、強い自分にするにはどうしたら良いのでしょう。
トコロ: 何かサボテンがその電磁波を
ワランベ: そうそう、サボテンを置いておくと吸い取ってくれる
トコロ: 置いておかれるとか。
ワランベ: 電磁波予防グッズ、私がなくした携帯に付いているんですけど、一緒に無くしちゃった。
お客人: そういう体のこと、精神的にイラついてくる、結構何か時間を盗まれているような感じがして、気が散って落ち着けなくて、
アナハラセ: どのコンピュータがそうですか?
お客人: アップル社は全然持っていないので。どれでもそうなんですけど、段々何か気持ちが荒んでいくというか、やっているうちに段々
アナハラセ: それはね、個人差はあるでしょうけど、そうなりますよね。僕なんかも長時間やるとそうなりますけどね。
お客人: あ、そうですか。
アナハラセ: 僕なんかは、休憩をなるべく入れるようにしています。
お客人: ははぁ。
ワランベ: 私はグラフィックをやっていたんで、それは楽しくてコンピューターに入っちゃったんですが。一日中やっていました。
アナハラセ: それは、こう考えすぎるから頭が痛くなるとか、そういうのではなくて?普通にやっていてもなりますか?
お客人: なんか、間違いが気になっちゃうんです。
アナハラセ: 間違いが気になる?
お客人: うん。メールとかを送ったりすると、このメールを送った人、読んだ人はどう思うかとか
アナハラセ: という事は、ちょっと別な問題ですよね。コンピュータだからということでなく
ワランベ: 安易にポンポンと送れちゃうから、手紙とは違って、メールとかだと安易に
アナハラセ: そうね。非常に気を使いますよね、メールだと。相手がどう受け止めるとか
ワランベ: 誤解される
アナハラセ: 相手の立場で、読み直してみたりとかというのはするんでしょう?書き足りないと誤解されるし、
お客人: そう、それでこれで良いのかな、どうなのかと、ぐるぐる考えていると、キィーとなってきて、「コンピュータ、嫌い!」と
アナハラセ: それは、コンピュータだからということではなさそうですか?
お客人: 面と向かってだったら表情も見えて、通じてないなとか
トコロ: 分かりますよね。
お客人: 怒っているかもしれないとかがわかる。コンピュータだと分からないので、どんどん気を遣うようになってしまう。
アナハラセ: ああ。相手が見えない
お客人: で、疲れて。
トコロ: 私もそういう時あります。特に日本語で書いていて、果たしてこれを読んだ人は、私が思った通りに理解してくれるかなとか、その文才の無さもあるのですが。ちゃんとこういう書き方で良いのだろうかとか、こう書いたら相手は違ってとるから、こう書くとまずいかなと、思っているうちにすごく時間がたっちゃって
お客人: それで精神的に疲れちゃって、なんか無駄な時間を過ごしているような
ワランベ: 今の高校生ってメールで常にやり取りしています。コミュニケーションがメールになっちゃっている。
アナハラセ: でもね、無駄の様で、それは何て言うんですか、修行というか、になっているんじゃないですか。
お客人: ああ。
アナハラセ: その相手がどうとるかというのを、考えながらやっているわけですよね。
トコロ: こういう書き方は、理解してもらえる書き方だろうかとかね、そういうふうに考えちゃう。
アナハラセ: でもその時に、自分がどう思われるかよりも、ね、これを伝えたいという意図を強くしたほうが、自分は楽になるかもしれない。
お客人: あ、そうですよね。自分がどう思われるかと思っているときの方がつらい。
アナハラセ: つらい。それは何というのですか、自我という、ね、自己保存みたいになっちゃうから、あの、神が不在の状態、わかります?
お客人: うーん。
アナハラセ: 要するに自分なんですよね。じゃなくて、相手のことを、まぁ、これを伝えてあげよう、そういう想いでやっていると、あんまり苦にならなくなってくるんじゃないかと
お客人: あぁ、そうかもしれない。
アナハラセ: 自我の波動でいくと、電磁波みたいなのと同調しちゃって、もっと増幅されちゃうみたいなのがあるかもしれない。
お客人: うーん。あ、かもしれない。
ワランベ: 商業的な決まり文句みたいなものも氾濫しているので、実際の意図が伝わらないところが多いと思います。
アナハラセ: それはもう、あ、こういうふうに取る人がいるんだっていうところは、やっていくうちに、ある程度そういう経験とか積まないといけないのかもしれないですね。慣れというか。ま、それも一つの、何て言うか、鍛練、先ほど鍛練という言葉がありましたけど、それと思ってやればあまり苦にならないかもしれないですけど。そうすると無駄とは考えない。
お客人: ああ。
アナハラセ: あ、これ、勉強になっているなと。ま、何れにしても、あんまりコンピューターと接触する時間は少なくしたほうが良いと思いますが。
ワランベ: 直接、声を聞いたりとか
お客人: そういうふうに何かされているのですか、iPodとかはあまり使わないように
アナハラセ: 聞いてからは、私はなるべく使わないようにしています。
ワランベ: もったいないから捨てるわけにはいかないし、減らしていこうとしているんだけど、今日のお話を聞くと売っちゃったほうが良いかなと。
アナハラセ: もしかしたら、あれは信じられないって言っていたでしょう。忘れさせられたのだと。
ワランベ: そうそう、だからすごい意味があると思って。今回、忘れてきた、で、取りに行こうと思った時、さっきそこで転んだ、(笑いながら)躓いて。
トコロ: (笑いながら)そうなの?
ワランベ: ああ、これは何かと思った。
アナハラセ: やっぱ、子供が入っちゃっているんじゃないかな。あんまりね、普通、転ばないですよ。
ワランベ: いや、あそこ危ない、段差があって
アナハラセ: そうだけど。
トコロ: カクッとはくるけどね。
ワランベ: 別に走っていたわけではないけど。
ヨユメ: それでは皆様、御機嫌よう。
皆さん: ごきげんよう。