Yoyumeからのメッセージ   20101207日 

ヨユメ: 皆様、ごきげんよう。

皆さん: ごきげんよう。

ヨユメ: パケサー、ごきげんよう。

パケサー: ごきげんよう。

ヨユメ: パケサー、立って、ここまで歩いてこれますか?

パケサー: (パケサーとの会話は全てパケサーの耳が良く聞こえないためアナハラセが繰り返して伝える)はい。

ヨユメ: 先生からエネルギーをいただきましょう。

パケサー: (自然現象の音をだす)

ヨユメ: (高次元の先生からのエネルギーをパケサーに注いでくださる)

手のひらをご自分の胸に当てて、そしてその手のひらから出てくるエネルギーを感じてみてください。

パケサー: 両手をあれするの?only one? 片手?両手?

ヨユメ: どちらでも。

パケサー: (手を胸にあててしばらく様子をみてみる)

ヨユメ: 手のひらからパケサーの体に注がれるエネルギーを感じることができますか?

パケサー: はい、感じます。

ヨユメ: どの様に感じますか?

パケサー: (またしばらく様子をみて)そうね、感じるのは電気がすこし通ってくるような・・・

ヨユメ: 暖かくはないのですか?

パケサー: 暖かいですよ。

ヨユメ: その暖かいのが体の奥深くに入っていくのが感じられますか?

パケサー: 感じられます。

ヨユメ: もういいですよ。

パケサー: もういい? (手を胸からおろす)

ヨユメ: パケサーのこの苦しい体験は前にも申しましたように、パケサー自身の学びのためでございましたが、しかしながら皆様、それぞれに大いなる学びがございましたね。

パケサー: それは良く存じています。

ヨユメ: ある意味で、ある意味でパケサーは大切な部分、もうすでに学びました。

パケサー: あ、そう。

ヨユメ: それは何かご存知ですね。疲れますのでね、パケサーはそっとしておいてよろしいです。ただ、ここにいるだけで、あとで。パケサーの魂は聞いておりますしね。もう今のパケサーは、お仲間の誰一人としてその愛を疑うこともなく、感謝の気持ちで一杯、感謝にあふれて毎日を過ごしております。それはとても大切なことだったのです。

そこでね、それは何もおいて間もなくこの世を去ろうという、そういうパケサーにだけ必要なことではないのです。前にも申しましたが、皆様とて明日は分からぬ身。よってパケサーのみならず皆様お一人お一人が同じような気持ちで過ごさねばなりません。しかし、このような荒治療−苦しい体験‐を与えられて初めて多くの人はそれを学ぶのです。それではいけません。ご自分の日常、振り返ってみてください。どれだけお互いに感謝すべきことがあるか。それをないがしろにして、ついつい不満をもって生きている。そういう些細なことから、段々段々せっかく上がった波動をすとんと落とすことになりかねないのです。そうなりましたらね、また余計な荒治療なるものをこちらから与えねばなりません。そういうことをしている余裕はないのですよ。皆様には大きな新しい飛躍が待っていると申しましたね。めまぐるしいほどに色々なことが起こります。それを正しく判断し、正しく目的に沿って、道を誤まらずに達成するには、何としても調和が不可欠なのです。調和なきところにその実現はありません。よろしいですね、これを皆様、念頭においておいてください。

それから今、パケサーのことが何方も一番気がかりで、何もがパケサーを中心に動いております。それはそれで結構ですが、さりとて皆様のこれからの使命を軽んじてはなりません。それがために以前も申しましたが、今までのお導きとは違った観点で皆様にお知らせしたいこと、そしてお導き、あるいは先生の−援助の手を差し伸べてくださる先生方の−援助を皆様にお伝えしなければならない。そういう意味でもっと頻繁に、皆様とこのようにお導きというよりは、先生方からのメッセージを私がお伝えする。あるいは皆様方のご相談を先生方にお伝えする。そういう場を持っていただかねばなりません。従ってある意味で、定期的にその様な機会を作っていただいたほうがよろしいかと思います。幾度も幾度もシャマナにその様に伝えておりますが、やっとそれが今日になってやっと通じたようなのでございます。それも彼女は今、パケサーのことで頭がいっぱいでどうしてもそちらの方に気持ちが行ってしまうのですね。致し方のないことですが、そればかりではいけませんので。よろしいでしょうか?

皆さん: はい。

ヨユメ: それでですね、シャマナが何度も尋ねるのですが、一度私が皆様に癌という病気のお話をいたしましたね。

(のどが苦しいような様子をされる)シャマナの気管に支障をきたしているようです。

それでそのときに癌、そのものを根本的に何も分かっていないと申しましたが、その通りなのです。それでですね、これについてはシャマナのみならず、トコロもアナハラセもここでこのような使命をもって、これからも色々新しいことに取り組んでやっていこうというときには、共に知っておかれる必要があることかと思います。それにつきましては今日ではなく、医者の方が−シャマナを色々手助けしてくださっている医者の方が−来られますよね。その方に聞いていただかなければなりません。その方にこそ聞いていただかねばならないのです。

それともう一つシャマナは本来自分が正しく理解していたはずの病に対する知識さえも、パケサーの苦しみを見かねてありとあらゆる薬に手をつけて服用させております。今、それをとやかくは申しません。その意図たるものを私どもは知っているからです。しかし、しかしですよ、そういうお薬に詳しくなって、その使用法、その他について医者並みの知識を持ったところで、ヒーラーとしては何の役にもたちません。皆様とて色々なことを知識として持ったところで、根本的なものを理解しなければなにもならないのです。そのために今は特に癌ですね。そういう方が多く来られ、そして皆様はそういう方からどんどん相談を受け、助けを求められることになりましょう。それとともに心の病ですよね。そういうものに対して皆様ご自身が正しい理解をもたずして、どうして人を癒し、人様の助けになることが出来るのでしょうか。

アナハラセ: それはいつも感じます。

ヨユメ: そこで止まってしまうのですよ。進歩が止まってしまうのです。そういったことも合わせて先生から皆様へのお導きが始まります。難しい話もございましょうが、それは皆様方だけでおさらいなりをして、十分に理解を深めて、皆様方の間で誤解のないように、何方が来られても皆同様のお答えを差し上げることが出来るように。それぞれが正しいお答えを与えられるようにならなければいけません。それあって、それからヒーリングでございます。それ以前に、悩んで来られる方のお話を聞き説明をする。もうそこからがヒーリングなのですよ。あるいはそれ以前に。シャマナがよく手紙を送ったりしていますよね、いろいろな方に。それは紛れもなく私どもが彼女にもうその時点からヒーリングが始まっているから、それをお座なりにしないようにということで、色々な人に送っております。それと同じことでございます。それをヒーラーのシャマナに向けるのではなく、皆様方、それぞれが何方に聞かれても正しく答えられるようになっていただきたいのです。そのためのお勉強をしていきたいと思うのです。

皆様の使命は霊的真理を広めることにありますが、霊的真理とは何ですか?

アナハラセ: 霊的真理とは愛です。

ヨユメ: そうでしょう。ヒーリングとは、癒しとは何ですか?

アナハラセ: 癒しとは愛ですね。

ヨユメ: そうですね。故にヒーリングをすることも愛なのです。皆様の真理の普及と何一つ違わないのです。そしてね、癒しの場合は、先ず愛の施しの第一歩は、皆様が与えたいから与えるのではなく、求められるものを先ず与えなければいけない。そういうときに病で苦しんでおられる方、心に悩みを抱えておられる方は、一見ご自分のことしか考えていない、それしか考えられない、余裕のない気の毒な状況なのです。そういう方が救いを求めて来られたら真理の普及もそうですが、先ずはやはり必要とされるものを与えて差し上げる。それが愛の第一歩ですね。これを使って、そしてさらにというところです。ですからこれだけが大事なのではなくて、真理の普及だけをお話しても、また片手落ちなのです。お分かりですね。

皆さん: はい。

ヨユメ: そういうことで先ずは、これから皆さんが直面する色々な方に質問される。そういうときにお役に立てるお導きを、色々な先生に来ていただいて、いたしたいと思うのですよ。よろしいですか?

皆さん: はい。


ヨユメ: 今日、シャマナの体調が余り良くないですね。従って長くは無理でしょうが、何か質問はありますか?

アナハラセ: 切々とこの前、ある日本人女性が来られたのは、非常に難しい問題でしたので、返答にすごく、どうアドバイスしていいかというのはすごく困りましたね。

ヨユメ: それは

アナハラセ: なす術がないという。我々が何が出来るだろうといろいろと考えさせられました。

ヨユメ: それはその通りなのです。偉大なる先生方もいつも「これだ!」と決定的なお答えがないままに、そのヒーラーについて指導されておられるのです。しかしね、正しく根本を理解すると変わって参ります。

アナハラセもね、余り余計なことに首を突っ込んではなりません。

アナハラセ: はい。

ヨユメ: もういとも簡単な言葉でね、先生方は説明されます。そういうところに戻って答えをいただいたならば、一つ有難いことは、それは応用が利くということなのですよ。根本の根本をわかれば応用が利くのです。そして最後には、最後には「愛しかないのだ」と、ご自分の心にそれしかないのなら、それだけを、それだけをもって相手に対して、その時、「この言葉しかなかった」、あとでああ言えば良かった、こう言えば良かったという後悔はあるかもしれませんが、その時、只、只、愛をもって助言された一言が、それでよろしいのです。そしてその後気付く。それでもう後悔の必要はありません。それ(後悔)をしておりますと、皆様方は前に進めなくなるのですよ。シャマナにいつも申しますことは「後悔をするな」と。その代わり、出会う人、その度ごとに全身全霊でもって、真心をもって、「只、愛あるのみ」という助言なり、ヒーリングなりをさせていただくこと、それしかないと伝えまして、彼女は今日のヒーリングにも臨んだのです。そしてその女性は、彼女を抱きしめて、しがみついて大声で長い間泣いておりました。あれも大いなる癒しなのです。シャマナは殆ど言葉を交わさなかったです。立派なことを言ってあげて相手に感心してもらう必要はないのです。愛は言葉も要りません。何も要りません。それでも通じるものなのです。

その逆さまも然りですから、批判とかそういうものをもってはいけません。不調和がね、出てくるその一つというのは、お互いの共同生活の中で自分と違った考え、やり方、そういうものが心地よく感じられないとき、「何故あんなことをするのだろう?」、「何故あんなことを言うのだろう?」、「何故だろう、分からない」というところから端を発して、「分からない」はよろしいのです、分からないことは分からないから。「分からない」で終わればいいのですけど、それが分からないから自分の理解できないものは、「そんな変なこと」、「あんなことを言って」、「あんなことをして」、という批判になるのです。そして批判は攻撃になっていく。それが不調和の元ですね。世界中をみても、あるいは家庭内でも、親子の間でも、不調和は相手が理解できないところから、分からないところから端を発しています。そして、自分には分からないということは、分からないことはいいことだけど、分からないことを言う、分からないことをする相手がおかしいと。そうではないのです。こう思っておいてください。皆様が一般的に色々なことに当てはめようとされることに「常識」という言葉がありますね。「常識的に考えてもあの人はおかしい」、自分の感性にあっていないときは、自分にとってとは言わず、常識という言葉を皆様は使われる。しかし常識の殆どはですね、常識というのは皆様が生まれてから幼い間に−大人に成長するまでの間に−置かれた環境、親、両親、学校の教師、社会、周りの大人たちを先生として学んできて、彼らを師として学んできた、そんな環境から生まれた偏見なのです。だからそうでなければ、その常識というものは世界中のどこに行っても通じなきゃいけないではありませんか。違う場所で、違う人種で、違う時代で通じないものは常の識ではありませんね。そうは言っても日々、色々あるでしょうが、一つのね、皆様の簡単なお役に立つ方法としては周り、人様と考えが違う、違和感がある、そういった時には自分を中心に、自分を正しいものとか、自分がそういった違うものと違うと決め付けないで、自分の方に、自分の方にそれを違って見るものがあるのか。難しい言い方ですが、間違っているとか正しいとかではないので、自分が間違っているという言葉は使いたくないのですが、ほかの人が見たらそれは普通のことかも知れないのに、自分にはそれが普通と受け取れないのかなと立ち止まって考えるぐらいの余裕をもってみてください。そして自分は「こうだ!」と信じてきていることを、これが当たり前だとは考えないで、「これも偏見の一つではないだろうか?」、「私が悪いのじゃない、私が生まれてきた状況、社会、教育の中で教え込まれた、それを当てはめるからそれがおかしいと思えるのではないだろうか?」、「違った所に行けばそれは決しておかしくもない、当たり前かもしれないな」と思うだけでいいのです。だから自分も同意してやらなきゃいけないことはないのです。異質なものは異質と認めて、共に存在することですね。お花畑が美しいのも、全部が黄色一色のお花であれば面白くないように、全て違うのです。違って良いということです。それを念頭に入れておかればね、良いかと思うのですよ。

それで心の病を持った方の話しに戻りますが、根本的なものを理解して、もう一度勉強をしなおすつもりでなさればね、そんなに悩むこともなく、自分はこれでベストを尽くしたと、そしてお帰りいただくことが出来るのです。でもあの日のシャマナもアナハラセも、まるでそうできないことが自分の落ち度のように感じていたでしょう。落ち度ではないのです。力がない、それはあります。それはもっと勉強していれば正しく理解できるのですが、あのときに一つ間違っていたことがありますので、今、申しあげておきましょう。お子様や奥様を被害者としてみておられる。そこに間違いがございます。皆、一つなのです。一つのその中でどうして被害者、加害者があるのですか?ましてや家族の中で。ひょっとすれば一番の被害者はご主人なのかもしれません。

アナハラセ: 何故、ご主人がそうなっていったかということですね。

ヨユメ: そしてまた最初はその様なことはなかったと仰っておられませんでしたか、奥様は?

アナハラセ: そうですね・・・

ヨユメ: 子供さんが産まれてからと、そこですよ。

アナハラセ: なるほど。 奥様の気が子供の方に

ヨユメ: それは、ま、簡単な、単純な考えですが、その様に、もしそうでなければ、それ以前にもご主人から同じような被害を受けておられたはずですよね。

アナハラセ: そうですね。

ヨユメ: 変えてしまった何かがあったわけです。そこのところをいとも軽く流して今、自分が受けていらっしゃる被害だけをみて、先ほど私が申し上げたような皆様に「相手が違う、相手が変わってきた、何故だろう?」と批判で見ているわけです。そこから問題が、調和が欠くのです。人様に対する批判の気持ちが起こったら「波動が下がっている、波動を落としている」と先ずご自分にブレーキをかけてください。何でもかんでも容認するということではないですよ。人のことを批判的にみる自分に気がついたら「波動が下がっている!」、数分、瞑想をしてください。よろしいですか?

アナハラセ: はい。

ヨユメ: 他に何か質問は?

アナハラセ: 今後、そういうケース毎に、ある度に今後はこういう瞑想会なりを開いて色々な先生方のお導きをいただけるということなのでしょうか?

ヨユメ: ある意味でね、定期的にされたほうが良いと思いますよ。学校の授業が始まると思ってください。皆様に大きな飛躍が待っているのです。大きな飛躍がね。そしてたくさん、いろいろ難しい書物はありますよ。しかしある意味でね、私のやっていることは、もっともっと素晴らしいご本に到達する虎の巻を見せてあげるようなものなのです。回り道をしなくてもよろしい。情報としてこういうのもある、色々なことを知っておくということはよろしいけど、それなくして色々な難しいご本を読まれても根本がわかっていらっしゃらなければ、今のね、医学の医学界と同じですよ。

そしてこれもね、今、申し上げますが、「今後、皆様が飛躍される、いろんな面に」と申しましたが、ちょっとシャマナも、アナハラセも、トコロも誤解しているかもしれない。例えばね、「こうなるよ」と言っているのではありませんが、これからね、製薬会社、医学界を敵とまわしてここで最新の治療をやっていくとかね。

アナハラセ: 最新の治療?敵にまわして?

ヨユメ: そういうこともあり得るのです。

アナハラセ: 最新というのはどういうことでしょう?

ヨユメ: 新しい今までになかった考えかたに基づいたという意味です。

アナハラセ: なるほど。

ヨユメ: そして先駆者−パイオニアというのですか−には周りが色々な攻撃を仕掛けてきます。そういったこともあわせて、それに対処できる体制を整える。そういうことからも皆様の周りにちゃんと資格を持った医学博士なり、医者なり、そういう人の保護が必要になってまいります。そういうわけで、私どもは色々準備もしております。そればかりではありませんよ、例えばの話ですよ。

(ヨユメさんは立ってパケサーのところに近づかれて治療をしてくださり、その後、あちらに戻られました。)