Yoyumeからのメッセージ   2010年08月19日 

ヨユメ:  皆様、ごきげんよう。

皆さん: ごきげんよう。

ヨユメ: 毎回申しますように、同じ事を繰り返すようですが、もう新たに皆様にお教えすること、お導きすることはないのですよ。それでもね、それをすぐ実践していただく、そうしなければとは思っておりませんが、せめて今まで学ばれたことをもとに精進を続けて、そして少しでも霊的真理を学ばれて、進歩、進化されないと困るのですよ。精進されておりましてもね、気が少し緩みますと元通りに戻ってしまって、降りるときは、落ちるときは簡単にすとんと落ちてしまいます。そうしますとまたやり直しでしょ。そういうのを何度も見ていますと、こちら側ではハラハラいたします。それで、本来ならばもう新たにお教えすることはない、ご自身で学びなさいと突き放すのも愛なのですが、時間的余裕ががございませんし、そして皆様は新たな転機−転機と言うより新たなお役目−を果たすために、なさらなければならないことを目前にしておられるのですよ。そして、それに皆様が心を合せて臨まれる前に、知っておいていただかなければ、この知っておいてというのも、新たにお教えすることではないのですよ。今まで学ばれたことを、具体的にこうして、例えばこういうふうにするとか、こうなりますよというふうに、援助の手を差し伸べることが必要かと考えたのです。そしてね、それは答えを簡単に、テストを受ける皆様がお答え出せるように、簡単にヒントを与えるということではなく、ある意味で、精進なさるときにまた元に戻ってしまうというのは、理解していらっしゃったと皆様も、こちらも思っていたことが、本当は正しく理解されていないからご精進がままならぬ、というふうに思うのですよ。やはり同じお導きをさせていただいても、各々に受け取り方が違うというのか、理解の仕方が違うというのか、またご自分の理解したいよう、あるいは聞きたいことだけを聞いてしまう、そういうものなのですね。それ故に、そう具体的にこれからなさろうと、これから皆様を待ち受けている大きな、これは転機ではあるのですが大きな飛躍なのです。期待を持って胸躍らせて迎えていただきたい。飛躍が待っているのですよ。それは皆様が準備が出来ているからということでこちらで用意していたものですが、今のままで臨まれますと心もとない。そう思って、具体的にお手伝いすることが出来ればと思うのです。それに移ります前に、パケサー、トコロ、アナハラセ、何か質問はありますか?余り時間はないと思いますが。

アナハラセ: 質問は今日はありませんが。

トコロ: タントーラがあるようなのですが。

ヨユメ: はい、どうぞ。

タントーラ: たいした質問ではないのですが、自尊心が強い、プライドが高いとか言っていますよね。それで一緒のように皆さん言われるのですが、私はどうしても自尊心が強いということと、プライドが高いは違うように思うのですけど。

ヨユメ: それではタントーラは、そのそれぞれをどう違うと、どの様に違うと思われますか?

タントーラ: あまりうまく言えないのですけれど、プライドが高いというのは、常に自分の看板を掲げた感じで、そして自尊心が強いというのは、何かことがあったときに身を守ると言えばおかしいのですけど、自分を非難されたりするのをすごく嫌うのですね。そういうふうなのを自尊心が強いと考えているのですが。

ヨユメ: お分かりになっていらっしゃらない、ご自身でもそのそれぞれを理解されていないのですね。

タントーラ: そうなんです。

ヨユメ: 言葉というのは私どもにも不便なもので、いつも苦手としているところでございます。しかしタントーラの説明では理解できませんが、あなたの心の中を読み取りますとね、そのプライドというのは誇りという意味ですね。

タントーラ: そうです。

ヨユメ: ね、そして自尊心というのは、皆様の辞書ではどういう違いがあるのかですが、使い方をどのように、皆様の社会でどの様にされているか。誇りというのは、はっきり言って、タントーラが知りたいのはどちらかは否定的なもの、どちらかは肯定的なものと言ってほしいのだと思うのですよ。それをどちらかと言えば、あえて申しますと、どの様に使われているかは別として、自尊心というのは立派なようでよくないですね。字から見てね、自分が入ったものなのです。自分が入ったそれも誇り。誇り、全体的な誇りを持ってというのは、個人々々の自我を無視した全体としての誇り。そういう意味で、同じではないと思いますよ。皆さんはどう思われますか?タントーラに答えてあげられますか?

アナハラセ: プライドが傷つくと言いますよね。

ヨユメ: 言うのですか?傷がつくんですよね。

アナハラセ: 傷がつくと言いますね。

ヨユメ: はい、そうですか?

アナハラセ: 傷がつくというのは心が痛むというか、何かそのネガティブなものがありますよね。自我が無ければ傷つくことは、無いんじゃないでしょうか。

ヨユメ: それではアナハラセ、自尊心は傷つかないのですか?自尊心こそもっと傷つくのではないですか?

アナハラセ: そうですね、だから今それを思ったのです、今、その説明を聞いて。自尊心が傷つくということですよね、要は。皆さんプライドが傷つくと言って、それとごちゃごちゃに使っているのではないでしょうか。

タントーラ: 一緒のようにしていますよね。

アナハラセ: うん、うん。

タントーラ: いつもそれを疑問に思ってしまう。

ヨユメ: タントーラは以前お話した節約、倹約のように

タントーラ: そうです、そうです、そうなんです。

ヨユメ: 私どもが皆様の世界の節約、倹約はこうだけどこうですよというふうな説明を求めていらっしゃるんだと思うのですよ。

タントーラ: そう、そう。

ヨユメ: この言葉は私どもにとっては何の意味も無い言葉なのです。節約は大事ですから皆様に節約の心をおぼえて、そして自尊心、そんなのはどうでもよろしいので、それで誇りとなればまた少し違うのかもしれません。これは、個人々々というよりも全体としてのね、意気高揚させるときも誇りを持ってと、そういうときには自尊心はかかわりはないのではないのでしょうか、アナハラセ?

アナハラセ: そうですね、一種の自信をもってということでしょうね、誇りを持ってというのは。

ヨユメ: 自尊心というのは、字を書きますと、まさしく自ら尊う心と書きますね。全部をその通り書いた通りに受け取れないとしても、言葉が出来てくる過程にはね、皆さんの想いが入って言葉がうまれるのです。そうすれば、あながち字に頼ってこういう想いがあるというのも間違いじゃないのですよ。それでよろしいですか?

タントーラ: わかりました。どうもありがとうございました。


ヨユメ: (ひざの上に乗せた両手の平を上に向け、少し前かがみの姿勢のパケサーを見て)パケサーは何かを受けているのですか?何かを受けているのですか、ここに?何を感じているのですか?

パケサー: 少しそちらのパワーをいただいて。

ヨユメ: こういう姿勢をとられると

パケサー: 良くないですか?

ヨユメ: いえそうではないんですよ。とらなくても今、エネルギーはこのお部屋に、この外にもえんまん(蔓延?)しております。私が先生をお呼びして皆様お一人々にエネルギーを送っていただくときにはここに来られるので手を差し出してと申しますが、お楽な―一番ご自身が楽な―姿勢でいらっしゃるのがエネルギーをいただきやすい。楽にね。それはシャマナが教えたのですか、ヒーリングの時にこうしろと。

パケサー: 別に自然とこう。

ヨユメ: そうですね。ヒーリングの時に、時々自分の体をこうするでしょ。それをシャマナが嫌がって、こうしてシャマナが上からいただくエネルギーを一緒に受けて欲しいから。そして痛いとき、つらいときというのはこう(そのところに手を当てて前かがみにな姿勢)なりますが、皆様ね、これは気をさえぎります。これは自分をかわいがる姿勢です。腕を組むのはいけませんし、そうするのは自分をいたわって。腕を広げて相手を、この(背中をまっすぐにして腕を広げる)姿勢です。これでエネルギーを受けられる。そしてエネルギーをいただくときだけでなく、人様に愛、暖かい想いを、そのときにこういうふうに屈んで縮こまってはいけません。楽に、よろしいですね。

ヨユメ: それでは先ほど申しました大きな飛躍、転機の話に入りたいと思うのですが、それは皆様ともになさることへの飛躍もあれば、皆様それぞれがこういう道に入られて、それぞれが大きく飛躍されることでもあるのです。そして、その様な大切な時期にとても幸運なお恵みをいただきながら、それを十分に受けられないというのは、この上なく残念でしょう。それを私どもは防ぎたいのです。一生懸命精進されているんだけども、どこか正しく理解されてない故に、せっかくいただいた大きなお恵みの機会を逃してしまっている。お恵みの機会、そうですね、皆様のお恵みの機会というのも、ピンとこない言葉でしょうね、正直申しまして。でも他に言葉が見つからないのですよ、お分かりいただけますか。皆様の世界では、波があって運気、機運、そういうものは分かりますか?

皆さん: はい。

ヨユメ: そういうものはあるのですよね。そしてそういうものがどんどん入ってくる人、そしてそういうのに恵まれない人、ありますよね。その違いはどこにあると思いますか?

アナハラセ: 考え方じゃないですか?

ヨユメ: 考え方、それもそうですし、

タントーラ: 心がけ。

ヨユメ: 心がけ、なるほどね。生き様、生き方ですね。そうなんですよ。それで具体的な小さなことから例をあげますとね、何もヒーリングのお力だけでなく、皆様それぞれに機運、皆様を発展させ、成功させ、幸せにしようというエネルギーが、いつもいつも注がれているのですよ。見えないですがね、それが運ばれてくるのですよ。遠目に見ますとね、まっすぐにトンネルを通って管を降りてくるようなのですが、降りてくるエネルギーというのは、いつもいつも渦のようになって降りてまいります。それ故に、ヒーリングの話のときに導管、管を太くしろと申しましたが、ヒーリングのエネルギーのみならず、ヒーリングの時はあらたにシャマナが持っている、そういう運気あるいは気、皆様それぞれにチャクラ―これも一つエネルギーをいただくところですね。このような平面的なものではないのですよ。ずーっと繋がったものが、見えないのですが見えるのです、我々には。それが乱れているとか、これがまっすぐでなかったり、乱れているというのは、皆さんは平面的に捉えますから。色だとか、広がりが小さいとか、ですが、これが太くずーっと延びていれば健康も保たれますし、そういう意味で運気、機運を高め、せっかく注いでくださったものを十分に受け取るために、広げていくために、さっき仰ったように心がけ次第でしょ。先ずそうしますと、じゃ具体的に、簡単に

タントーラ: 感謝。

ヨユメ: それもそうですが、それは生き方として、日々皆さんはもうなさっていなければなりません。それを忘れたら、全てにおいて霊的に退化してしまいますね。感謝は勿論です。それは皆様そういうことをちゃんとなさっていた上で、さらに(ということです)。これはさっき申し上げましたように、試験を受けていらっしゃるときに、虎の巻という答えを差し上げるに似たヒントを与えることになるのですよ。それをお教えして、少しでも早く皆さんに成長を遂げていただきたいと思うのですよ。それを広げるには勿論、感謝ですが...

アナハラセ: 自己犠牲ですか?

ヨユメ: 自己犠牲です、自己犠牲です。よく分かりましたね。自己犠牲、それもね、悪い意味を持った自己犠牲―自虐的なそういうもの―ではないのです。それは直ちに自分を無視して、無視とは言わなくとも、自分をさておき何かをという、そういう気持ちになったときは広がります。その広がりたるものは、こちらから見えるのです。ぼろをまとって皆様から省みられないような人でもね、こちらからは光でそれがわかるのです。光がでるのです。本当に光として見えるのですよ。暗闇でもね。

アナハラセ: インドで見たかもしれないです。

ヨユメ: 見たかもしれない、見てるかもしれないですね、そんなものなのです。

そして皆様の言葉の中にもあるでしょ、「貧者の一灯」。そして、多く持てる人が施しをするとか。そういうものよりも、無いのに施す一灯というのは、なおさら目立って光るのですよ。それは犠牲の度合いが違うから。

そういう意味で自己犠牲、そしてその自己犠牲でもどのような、ただ々自虐的に自分を苦しめていてはだめ。相手が必要とすると思えば、自分を犠牲にして助けられる、人が喜べば、相手が喜ぶなと思えば、自分の不便をあるいは不都合を省みず、それを率先してするとか、色々な自己犠牲があります。物質的なものでもこれだけしかないけど、お腹を空かしているから自分の半分をさしあげる。それも自己犠牲。

優しさ、親切というのは勿論ですが、それは皆様は真理を勉強していらっしゃるから、第一歩として行わねばならぬこと。そういうことを踏まえたなかで、どうして皆様がせっかく大きな機運がきて、皆様が大きな飛躍を、この飛躍というのは三次元的な飛躍−物質的な面での飛躍−も入れているのですよ。というのは皆様は、まだ三次元世界でなさることがたくさんあって、それがために物質的な面でのお力添えも必要ならば与えられるのですよ。そういったものを良しとしないというのはね、必ずしも立派なことでもないのですよ。為すために必要なものは与えられる、これをするのに必要なものを得るために、物質的なものを持つ。今、畑を耕して苗を植えなきゃならないときに、そのために鋤、鍬を欲しがることは物を欲しがることではないのです。これが無いと成長しないのです。そういうふうに、正しく物を求めることと欲張ることと、それは違うのです。それを時々皆さんは、正しく理解されておりません。物を欲しがることはいけない。そんなものには執着をもってはいけない。しかしこれから自分は何をしなければいけないのか、皆様とともに何をしていかなければいけないのか、そのためには何を必要としていくのか、そのために糧を得るということは、すこし誤解されているのと、お忘れになっているというか、そのためにお導きが必要かと思ったのですよ。  

それに皆さんが簡単にできる、運気を呼ぶ、機運、気というのは、見えないけれどいつも運ばれてくる。ここまできて入らなければ、どこかに行ってしまいますね。入り口を阻む、入り口を開けて置く、いただく、そういう風なものをいただく早道をお教えしましょうか。入ってくる気をどんどんいただき、受けるには、ご自分の気の前をあけておく。それも皆さんの言葉で昔からこういう言葉がございませんか、「気前が良い」。それはどういうところから来るか。気の前、どんどん施しをする、差し上げる、気の前が開くわけですよ。施しをするのはこうではない、こういう動きは先ほど申しましたね。これ(両腕を交合に前の方に差し広げる)は広げる動きですね、これは気前が良い。そうしますと、待ち受けたものが入ってこれるじゃないですか。井戸水と同じです。どんどん汲み上げればどんどん新しいのがきます。まして大きな大きな運気が皆様を待ち受けている。皆様に注がれようとしているときに、それをしないでせっかくの好機を逸してしまうのは残念ですね。色々な方の人生を見て、あの方はとても幸運な方だった、この方はこうだった。そして確かに皆さんの言葉で、幸せの星のもとに生まれて何もかも順調で、そういう機運を逃さず、そしてうまく気を運び取りいれて、その波に乗り入れてという、そういうもの無くしては、たがが人間一人の力で日夜考え抜いたところで、そういうものは無いのですよ。

これは本当に信じられないのですけどね、皆さんの世界では大方の方が信じてくださらないけれど一番無駄をしていること、皆さんは、これはとっても大切なことで、これを知っておくのはどんなに大切か、一生のうちの殆どを多くの方がそれに費やしている。しかし、それほど無駄なことは無い。何度お教えしても、その考えから離れられない。真理を学んでいても離れられない人がいる。それって何と思われますか?

タントーラ: 貯めること。

ヨユメ: 貯めること?よくお分かりになりましたね。何を貯める?

タントーラ: すべて、お金。

ヨユメ: そうなんです。そう思いました?

タントーラ:  ある本で読んだんです。

ヨユメ: ある本で読んだんですか?何方がそういうことを仰っているのですか?

タントーラ: 書道家の、(名前をおもいだしている)

ヨユメ: あ、そうですか。それはよろしいですけど。

タントーラ: お金がまわらないので。

ヨユメ: そうです。停滞することが一番いけないことなのですね、悪いエネルギーを。それどころか今ね、世界中で大変なことが起こっているのは、一部の人が、一部のところで集めているからです。そしてそれは人ごとではない、自分はそんなものはないから、(しかし)無ければ無いなりに同じことをしているのです。皆様それぞれが、そうしているのです。そしてね、色々これが必要だから、これが必要だから貯めるも良し、でもその中で―貯めるものの中で―一番役立たずで、害はあっても利の無いのはお金というものなのです。何の役にも立たないのです、使うまでは。貯めるということは、遣わないことですよ。遣って初めて値打ちがでる。それが殆ど世界の富を持っている人は、気の遠くなるほどのものを貯めているのです。どこに?銀行というところに、数字という形で。お金を引き出してお札にしてもらって、それで何が出来ますか?メモも書けないですね、メモにもなりません。物を買うときに、初めて力を発揮するのです。しかし、そんな物を今、山積みにしても、物がなくなったとき―必要なものが無くなったとき―何の役にも立たないのですよ。なのに将来に無くなるものが、大事なものが無くなるかもしれないというときに、それを憂えずして、お金がなくなることを多くの方が心配している。そして一生お金を横に置いておいて、いわゆる豊かとは言いがたい生活をしている。そういうものに縛られては駄目ですよ。どんどんお金は得られるなら得てください、よろしいのですよ。収入を得る、お金をもうけるのはよろしいのですけど、貯めておいて何になるのです?そうして貯めて、たくさん貯めて死んでしまってお金があとに残ってどうなりますか?そういうことをもう一度、基本に返って考えてください。

タントーラはたくさん貯めていますか?

皆さん: (笑い)

ヨユメ: ないですか、本当のところは?ないですか?でも幸せですか?

タントーラ: そうですね。別に今のところは有難く、そういう心配はないです。

ヨユメ: 心配はいらないですよ、何方も。

タントーラ: 心配はありません。。

ヨユメ: それで十分です。何方も心配ですか、心配ないですか?

アナハラセ: こういう考え方はどうでしょうか?今、我々はAWHで無収入で奉仕をしていますが、その生活費―自分達が暮らす生活費―を、とっておいてというか、それが無くなると、人に借金をしなければならなくなるから、それは迷惑をかけることになるから、一応の貯えがあって、それほど贅沢をせずに暮らしていくのはどうなのでしょうか?

ヨユメ: アナハラセ、それは貯めることにはなりません。それは運営のための経費ですね。いついつこうしてという計画のもとに。しかし今、先も分からぬ、その貯めているというのは、これこれのためにこれを使うから、鍬を買うためこれだけのお金が要るから、来年は船を買わなきゃ漁に出れなくなるから、あるいは船で生業を立てている人は、これは5年しか持たないから、5年後にはまた買い換えなきゃいけないから、お金を用意する。これは計画です。これを使うための目的があって貯めるのを、目的がない、それだけあってどうするか知らないのです。要らないけれど、知らないけれど貯めてある。違いが分かりますか?

皆さん: はい。

ヨユメ: ならばトマーヤンのように、無駄遣いをして使うほうがまだましですね。停滞しないです。悪いエネルギーを溜めないです。彼は悪いエネルギーが溜まると耐えられないのです。

アナハラセ: しかし余計なものを買うと、物が停滞していくのですが、それは...

ヨユメ: それは困りものですが、もう物はここにどうせ作られて停滞していますが、動くのです。次にまたあげれば動くのです。お金という形で入ってしまえば、まったく停滞してしまう。というのは貯めて、この上もまた貯めて、また貯めて、また貯めてになる。でもね、シャマナが悩んでおりますからあまり...例えばの話です。停滞させて貯めておくのなら、まだあんなに馬鹿なことで使うほうがましと言ったまでです。でも、ああいう風にお金を使えと言っているのではないですよ。老後の心配をなさる必要はないとしても、あまりお金を無駄に使うということも、立派なことではないのですよ。そういう風な物質的なものの考え方、皆様、あらためてね、というのは皆様が住んでいらっしゃる社会は昔、修行して、山の中で、悟りを開いて、そして霊的進化を遂げられた先生方の時代とは違うのです。先生方もそれを理解されておられます。そしてこういうなかで皆様に真理を広げていくために、お分かりですか。だから「それでは一つ大きく!」と言って、あの何と言うのですか、宝くじ、ああいうものを買ってはいけませんよ。皆様の創意工夫でなんとか、これはまた別です。よろしいですか?

それでね、皆様が先ず周りの人から―手を差し伸べられる周りの人から―真理を普及させていくというのは良く分かります。それでね、まずそれぞれに、先日パケサーの場合はお嬢さんのことでしたね。それはもうそのようなことを望んではいけない。彼女の設計図の中に入っていなかったのですよ。それを理解できないパケサーは、ご自分を責めることも無し、彼女を責めることもなし。

アナハラセ: 設計図に入っていなかったというのは、子育てがということですか?

ヨユメ: いえ、お嬢さんの設計図にはないのです、こういうことを理解するというのは。ですからいくら頑張っても、そしてそれを自分が至らぬが故に(と思っても)。そしてもう一つね、厳しいことをパケサーに申しますとね、あまりお嬢さんのことを批判できないのですよ。今のご自身をみて、そして比較して、どうしてこれがわからないのか、何十年か前をご覧になってみたら、大差ないのではないですか?

パケサー: それは言えます。それは反省。

ヨユメ: 今、パケサーはこれを学んでくる必要があったからなのです。まだ十分理解していない、どうして分かってくれないのだろうか、まだ悔やんでいらっしゃる。あの歳のパケサーはどうだったか、それを申し上げますと厳しいようですが、わかりますでしょ。ましてや設計図に無いものを、こうしていってほしい、こうわかって欲しい。分かりましたか?もうこのことでは悩まずに、今度お会いしたときには感謝と愛をもって、只、話だけで接することが出来ますか?

パケサー: 努力します。

ヨユメ: 皆様の前で約束していただきましょうかね。

皆さん: そうですね。

ヨユメ: (かなり強調されて)これはパケサーにとって大事な事なのです、この約束を果たしていただくことがね。

パケサー: 厳しい、大変つらい、心が痛むところがありますけれど。

ヨユメ: 痛むというのがおかしい。

パケサー: おかしい?

ヨユメ: 痛むというのがおかしい。そのままを受け入れる。こうこう、こうなってくれたらより愛せるというのは、パケサーの娘さんに対する愛が本物で無い証になるのです。もっと厳しくなりますがね、彼女にも言っておかなければね。あるがまま、そのまま。そして彼女は何もパケサーに迷惑をかけていないでしょ? 世の中には親に迷惑をかける、悩ませる子供がたくさんいるのですよ。それでも愛せるものなのですよ、愛さずにはいられないものなのですよ。そうあるべきなのです。故に努力しますという程度じゃなく、約束していただかなければいけません。あるがまま、そのままの彼女。たとえ親子でも―パケサーが産んだ子供さんであっても―あなたの所持品、持ちものではないのです。立派な一つの魂を持った―神の分け御霊を頂いた―方なのです。よろしいですね。

パケサー: はい。

ヨユメ: そのままを愛して、そのままですよ、あるがままの彼女ですよ。よろしいですか?


何か他に質問はございますか?

トコロ: 先ほどのトマーヤンが無駄遣いをして物を買って、それでもヨユメさんは停滞しないので良いと仰いましたよね。そのときに少し考えるのですけれど、その物はたとえ誰かが使わなくとも停滞はしないのですか?

ヨユメ: 使わないということの意味なのですが、そこにずっと置いておくといけませんね。どこかに回せばということです。そういうことでです。しかし物として出来てしまったものは買わなければどこかで停滞してしまう。そしてこれは憶えておいてください。売買がなされなくても、物質は波動です、エネルギーです。それが一箇所になく、たとえばいらなくなったものを次々、次々と回すだけでも意味はあるのです。一番いけないのはじっと置いておくことです。それがお水で一番良く分かるのです。皆様はこういうものが、こういうものが腐敗していくと言う。備え付けられた備品が毎日動いては、これまた困りますよ。しかしそれは備品としての役目を果たしている。役を果たして存在するものはそれでよろしい、使われているということで。そうじゃなく、使われずに埋もれている物なら出して回るほうがまだよろしいのです。

物質というものはね、皆さんの眼には役に立つ、役に立たない、これも人それぞれの価値観があって、一番悩んでいるのはシャマナですよ。価値観が違いますからね。しかしだいぶ長い間一緒に生活をして、学んできて耐えておりますが、もう最初の頃はね、耐えられなかったのです、何もかもが。それでも耐えてきたというのはシャマナの霊的成長のために必要だったから。先日お話しましたね霊的な

アナハラセ: 火花

ヨユメ: 火花だけを憶えていらっしゃる。

皆さん: (笑い)

ヨユメ: トコロ、笑っている場合じゃないのですよ。

トコロ: そうですか?

ヨユメ: その火花がね、チカチカ、カチカチ山のような火花じゃないのですよ。わぁーとして、皆様がね、分け御霊をいただいた、その魂の火花というのはね、本当に暖かく、そう、音を伴わない美しい花火が空に打ち上げられた、その美しさ、そういう火花を想像してください。音はないのですよ、あのような。しかし、そういうものをある魂との出会いで魂が感じるのです。それを感じられるような人間に皆様はならなくてはならない。何度も言いますが、これは魂と魂との接点があったときに―男性と女性だけじゃないのです―何か電波のようなものが走って、ぱっと火花が散るのです。それを感じるのが大切ですね。そしてそういうものを習得されますと、とても素晴らしい、異性間での恋愛で得られるような喜びなどには増す霊的な火花と言うものがあるのですが、それは何と思いますか?

アナハラセ: 何ですか、恋愛では得られない?

ヨユメ: 男性、女性、異性間との恋愛で感じられる火花などには比べようも無い、魂−皆様の魂‐が感じる火花、そういう出会いがあるのです。それはなんだとおもいます、どういう時、どういう魂?そのときは感激で涙することもあるでしょうし、気を失う方もいるのです。

アナハラセ: ソウルグループ、そういうものですか?

ヨユメ: ソウルグループの一名にあったときは、先ほどの魂の火花なのですよ。

アナハラセ: そうでなくて、

ヨユメ: そうではなくて

トコロ: その人と一体感になることですか?

ヨユメ: 一体感、になれればよろしいですけど、それはちょっと簡単にはいかないのですよ。どうしてかと言いますと、その魂というのは高次元の先生方と出会って、皆様がそれを感じることが出来て、その魂の波動に触れることが出来たとき。これはもう例えようも無い。世の立派な霊格者、霊能者というのはそれを体験するのです。そうするともうあとには戻れない。

アナハラセ: それは肉体を持った高次元の

ヨユメ: いいえ、殆どの場合。肉体を持って降りて来られている方に出会うこともありますが、大方はもう肉体をもっておられません。特に皆様についておられる先生方は。

タントーラ: 温かい。

ヨユメ: 温かいというようなものではないのです。何とも言えない、何故か知らないけれど理由も無く涙が流れ落ちてくる。

アナハラセ: そうですね。

ヨユメ: 魂が浄化されて、それは異性とかそういうもので感じられる火花の温かさとは違う、何かくる。そういう魂と出会ったときに、そういうものがどんどん感じられて来るようになります。より高いものに結びつくと本当にもう三次元的なもの、そういうものはどうでもいいのだ、寛大にもなれます。こう言った、ああ言った、こうした、ああした、どうでもいいことなのです。ましてや自尊心などはどうでもいいのです。よろしいですね。

それでは皆様、ご機嫌よう。

皆さん: ありがとうございました。