Yoyumeからのメッセージ 2008年01月31日
ヨユメ: 皆様ごきげんよう。
皆さん: ごきげんよう。
ヨユメ: 先日、久方ぶりにお導きに降りてまいりましたのは、さしずめアナハラセにその島に行く前にお知らせしなければいけないことがありましたのと、それから私も先生から命を受けてまたお導きに降りてくる必要がある、そしてしばらく皆様を見守っていてくださいという依頼を受けたからです。 そしてその大事なお導きに入る前に戻らねばならなくなったので、今日はその続きをと思うのですが、その前に皆様の方でご質問がおありでしたらお答えいたしましょう。 しかし久しぶりでございますのでまたシャマナの体がどれだけもつかわかりませんゆえ手短にお願いいたします。 何か質問はございますか?
アナハラセ: よろしいでしょうか?
ヨユメ: はい、どうぞ。
アナハラセ: シャマナの件なのですが、彼女からの質問です。 最近、発作がたまに起こるのですが、こちらに来てからも2回−知っている限りで2回−起きてますけども彼女はそれがどういう意味があるのか、AWHのヒーラーとしてやっていきたいけども、そういうその致死的、致命的な発作などが起こると不安で仕方がないと、その意味を知りたいと仰っていました。
ヨユメ: はい。 彼女の質問したいということはそれとは少し違うのではないかと思うのです。 私どもはそのメッセージを受けております。 そしてまた彼女にその答えを返しているのですがそちらのほうを受けていないと思うのです。 一生懸命「病は想いから来るもの」、そのようにして、只々、念仏を唱えるが如く繰り返しているのですよ。 それはいけないと言うのではありません。 それでそれなりの効果はございますの。 またそのように単純なものでもないのです。 確かに想いがすべてをつくる。 その様にお教えくださる先生方もおられますが、それがすべてに当てはまるというものではございません。 肉体を持って生活をされておられる以上、肉体だけの問題として病が存在することもございます。 すべて想いだけではありません。
ちょうどよろしい、この機会を利用して彼女の病について皆様にもお知らせしておいたほうがよろしいですね。 本人は心筋梗塞と呼んでおりますが心筋梗塞ではありません。 不整脈からくる狭心症でございます。
そして昨日、彼女が服用しましたあのお薬ですね−発作が起こったときにも服用していたあのお薬ですね−あのお薬は発作が起こっているときには服用してはなりません。 ベータブロックという類のお薬ですので未然に防ぐために飲む薬ですが、痛みが−痛みの発作が−起こったときには飲んではならない薬です。
そして幸運にも心筋梗塞ではないので狭心症の場合の発作は数分で−早いときは数分で―長くても10分程度でおさまるのです。 しかしその間の痛み、息が出来なくなるので大変な苦しみようですが、一番よろしいのは血管が、胸の心臓の筋肉が弛緩するように背中、あるいは胸をさすってやるとか、お水を与えるとかして本人が落ち着く状態にすることです。 発汗が激しいときには濡れタオルをあてたりも助けになると思います。 ただもう一つ気をつけなければならないのは苦しんだときに寝せないことです。 寝せますと心臓が下がりますので血圧が上がって狭心症が心筋梗塞になってしまいます。 故に上体をなんといいますか、この様に傾げてですね、上体を少し起こして首を後ろに、この様な形ですね。 そしてこの辺りの筋肉をゆったりさせるように両手をこの様にして広げてやってください。 この様な感じで落ち着く落ち着くまで。 そして10分、15分たっても痛みがおさまらない、痛みがひどくなってきてはいないか確かめて、15分、20分と痛みがひどくなった場合は救急車で病院に行かねばなりません。 それかもしくはニトログリセリンの錠剤を服用させて病院に連れて行くことですね。
そして何が発作を起こすのかというのはいろいろありますが、不整脈が起こります。 不整脈は何が原因かと言いますとそれも色々あります。 急激な運動とか、ストレスですね。 あるいは恐怖だとか逆上したりしますと不整脈を起こしやすくなります。
徐々に徐々に運動をすることが大切です。 頭を下げるのをとても嫌がっておりますが、それは今の段階ではやらないほうがよろしいのですが、徐々に運動をして、頭を下げて上にあげたときに立ちくらみがない、そのように訓練する必要はあるとおもいます。
ただこの狭心症を放置しておきますとね、心筋梗塞にいつでもなり得るので油断は出来ませんが、本人には「心配しなくていいよ、心筋梗塞ではなく、10分程度でおさまる狭心症だから」と言ってやってください。 私どもはそのように言っているのですが色々な病気に関する情報を読んで、生半可に知識があるものですから、その症状をあてはめて心筋梗塞だと判断しております。 そして不安がね、また発作を呼ぶのですよ。 不安というのはね、シャマナはもう死というものに対する不安は無いのですね。 ただ今、自分が実存回に帰ってくるということは今、まだそうしたくはない、そうなりたくない。 その気持ちがね、ある種の不安になっているのです。 それまではいつでもこちらに帰ってくる心の準備も出来て、ある意味では早く帰りたいなどと思っていた時期もありますが、今、こうして皆様と共にここでせっかく一緒に歩み始めて、さて、自分がもう戻って良いものかどうかと考えるとき、その辺、まだまだ皆様と一緒にやっていきたいという気持ちがあるのです。 もっと簡単に言えばね、まだ皆さんから離れたくないのですよ。 それだけの単純なものです。 そして皆様もまだやはりシャマナを必要とされていると思うので、守護霊様はまだお呼びにはならないと思いますが、そのあたりも不安の要素になっていると思いますね。 そのようにお伝え願えますか。
アナハラセ: はい。
ヨユメ: 他に質問はございますか?
アナハラセ: 今の件で、今、たまに服用している薬は予防には良いと仰いましたが、それはあまり飲まないほうが宜しいのでしょうか?
ヨユメ: 不整脈がずーっと続いている状況ならば飲まなきゃいけないものですが、それは今の状況ではないようですよ。 そして医学的にもね、その不整脈、そういう状況は発見されていないのですね。 ということはそれほどひどいものではないはずです。 ならばシャマナが今やっているように瞑想によって不整脈をかなり自分でコントロールしておりますから、それを続けることのほうが宜しいかと思います。 それとこれを付け加えてください。 不整脈が数日続いてコントロールできないようならば今、持っている薬を日に4回、それが無くなるまで服用するようにと。 宜しいですか?
アナハラセ: はい、ありがとうございました。
ヨユメ: 他に質問はございますか?
パケサー: お水はいかがですか、大丈夫ですか?
ヨユメ: 大丈夫と思いますよ。
それでは先日のお導きで話せなかった部分ですね。 あのときに降りて参りましたのはね、このお仲間でまず最初に申し上げておきますが、もう皆様には言うまでもなく、お互い深い縁を持って今生出会われたこと、そして同じ使命を持ってご一緒に何かをされようしている。 誰よりも−他の誰よりも−このお仲間が夫々を理解し、そして愛し合っている家族を超えた同士なのだということはお分かりですよね? それはそれは本当に深い深い縁があるのです。 そして今生の使命を悟られたそのときに以前お話しましたように皆様の派動はぐっと高くなり、そして決断してこの地に赴かれ、真理の普及に努められ、さらに派動を高められ、ご大霊の光を受ける心の窓のガラスは、きれいに磨かれてきていたのですがね、時折それを曇らせてしまうものがあります。 そしてその曇りが一段とひどくなりました場合にはね、またお知らせして、皆様がご精進してその曇りを取り除いていただかなければいけない。 そういうこともありまして先生からお導きに降りるようにということでした。
あらためて申すことはもう本当に何もないのですがね、皆様、これだけは心してください。 肉体的にこうして手を取り合う−和を結ぶ−こと以上に皆様の心から発せられる派動と言いますか、気と言いますか、これはすでに場所が離れていても繋がっていなければならないのです。 それを切るようなことがあってはいけません。 それはね、地球の反対側にいても繋がっているものなのです。 ましてこうしてこのように一つ屋根のもとにいる場合はなおさらね、この和を大切にしなければいけません。 その気の和を切る、そしてお互い気まずくなるようなね、そのような雰囲気を作ってはいけません。 そういったことがらが皆様のご大霊の光を受ける窓のガラスを曇らせるのです。 私どものお導きもお助けも届かなくしてしまいますからね、心してくださいね。
そしてその精進、難しいことではないのです。 ご自分の持っておられる基準で良い悪い、好き嫌い、そういうものを判断してすべてを見ますと、世間の皆様おろか、お仲間をも正しく理解できなくなります。 相手に気まずい思いをさせたりするとね、平手で頬を打つよりも、私どもの世界から見ますとね、もっとひどいことなのですよ。 気の流れ、それを妨げるご大霊からの光を受けるのを妨げるような行為というのはね、暴力はただ肉体上のことでございます。 それよりももっとひどいことなのでございます。 昔、私がトコロに氷の刃を向けてはいけないと言ったことがありますね。
トコロ: はい。
ヨユメ: 例えばそういうこともなのです。 相手にもちろん暴力を振るわなくても相手を罵倒することなくても、心の中に冷ややかな思いを抱いて相手に向けたらそれは氷の刃で相手の気を切りつけたことになるのです。 只々、心の中には温かいもの。 いつもそれを育むようにして、それを大事に持っておられればね、そういうことは追々なくなるのですよ。 もちろん人間は感情の動物と言われておりますね、皆様の言葉では。 感情があって当たり前なのですが、真理の道に入られた方は理が−真理の理が−情を抑えなければいけない。 その想いをもってそれがどこから来ているのか? 多くはね、「あ、ああいうことをやっている、気に入らないな」、自分の感性に照らし合わせて「嫌なことだな」、と思うとき、それはやはりご自分の価値判断に照らし合わせて、ある裁定を下しているわけですね。 それは言い換えればやはり自分が正しいということが基本になっているのです。 そしてまた、自分の我でもあるのですね。 そのような気持ちが沸いたとき、これは相手への愛があって感じているのだろうか、それとも自分の我が先行しているのだろうか? 自分の価値判断で−自分が正しいと思っている物差しで−はかっているのか、愛の物差しか、自分の判断が物差しとなっているのか? 時々ね、皆様、愛の物差しを懐に入れておられない。 愛があれば本当に何の問題も起こらないのですよ。
表向きなことよりも私が申しているのは心の奥にです。 例えば言葉の上では愛をもって言った言葉なら、「おばかさん」と言っても腹がたちません、心は傷つきません。 受けた気は揺らぎません。 何も言われなくとも冷ややかに見つめられたり、想いを投げつけられると、縮むような想いをすることがありますでしょう。
もう皆様はこれだけ勉強してこられたのですから心の中にね、いつも愛をもって、そして愛の物差しを使ってやっていってくださいね、何をするにもそれを常時お持ちになって使われれば。 本当にね、皆様は肉体を持って生活しておられるのですから、五感などというものは私どもの世界から見ますと五感を使った判断などは8割、いえ、9割は錯覚なのですよ。 記憶もあやふやですし、皆様が見て「あ、これは白い、これは黒い」と見ておられるものもね、多くは錯覚だというと「そんな馬鹿な」と思われるでしょうが、本当にそうなのですよ。 しかし愛の物差しを、そして心の奥に愛を秘めて生きていかれますとそういう錯覚が徐々になくなるのです。 只々、そのご精進のみです。 よろしいですか?
皆さん: はい。
ヨユメ: 今日は何かそのことで質問はおありですか?
皆さん: (沈黙)
ヨユメ: 愛の物差し、ついつい懐に入れるのを忘れてしまうのですよね。 それは高次元の先生方のように肉体をもって生きておられない、すべての人にそれを当てはめるというのは至難の技でございましょうが、せめてこうして同じ目的のために頑張っておられるお仲間のうちでは只々、それを励行していただきませんと、正しい目的を持って歩まれてもね、間違った方向に進んでしまいますからね。 よろしいですか?
皆さん: はい。
トコロ: 質問ですけども、心の中に愛があれば、たとえ激しく投げかけたいやな言葉でも、やはり相手は愛を感じられますよね?
ヨユメ: それは、ないものは決して感じられないということです。 そして、なければ表には出ないのですよね。 ただ皆様の三次元世界ではね、只々、言葉に頼ったり、そういった心の奥−一歩進んだ奥のもの−を見ることが出来ない方もいらっしゃいます。 ですから心の奥にそれさえあればいいのだと甘えて何を言っても良い、そういうものではないのですよ。 言葉、やはりやさしく柔和でいつも愛をもった言葉、それを語るべきです。 そういう答えでよろしいのですか、トコロ?
トコロ: はい。 どうしても感情が先にたって、相手のことを思って言い方がとても激しくなったりすることもあるのですが、それはやはりその言った人の心の中に愛が無いわけではないですよね?
ヨユメ: ないですね。 それが証拠に、トコロ、
トコロ: はい。
ヨユメ: 言葉一つ投げかけて相手がすくんでしまうほど冷たい感情、冷たい心を相手に感じさせることが出来ますよね。 蔑んだ冷たい目、忘れられない眼差し、そういうものもありますね。 そしてまたね、正直に心の内を明かすと言うことはお互いに「私は今、このように感じているのですよ」と言葉にしなければ分からない人がいるじゃないですか。 そのために言わなければならない。「私はあなたの今、そういった行動に失望していますよ。 気をつけてください、あなたは間違っていますよ、それでこう傷つくのですよ」と教えてあげることも愛ですよ。 「私は今、傷ついたのです」、そのときに只々、自分が言われたから、腹立たしいから、相手が言ったことが正しくても憤る、これは違います。 でもそこに愛の物差しがあれば相手のためにもここでは言ってあげなければいけない。 あるときはね「あ、言ってあげたいな。でもこれを言うと相手は好まない。」そういうことでほとんどの場合、皆さんは何も仰ってないのです。 それがいけないのです。 それを良く考えてごらんなさい。 愛の行為ですか? だから先ほども高次元の先生でもないかぎり、出会う人悉くすべての人にそれをなさいというのは難しいです。 しかしこのお仲間内ではね、せめてそれが出来ないと、もっと大切なことがこれからどうして出来るのですか? だからと言って好き勝手にね、大声張り上げて喧嘩のごとき、これは言うまでもないことですよね、今更。 そういうふうな感情の激しい状況になるというのはこれまた愛の欠如です。 よろしいですか。
トコロ: はい、ありがとうございます。
それでは皆様、ごきげんよう。